抄録
【目的】我々は、2010年4月より本学附属の4病院(以下4病院)にて、人工膝関節全置換術(以下TKA)患者を対象に統一した評価表を用いている。本評価表は機能評価と問診票で構成されており、機能評価にはROMや筋力、最大歩行速度(Maximum Walking Speed 以下MWS)やTimed Up&Goテスト(以下TUG)、伸長-短縮サイクル(stretch-shortening cycle以下SSC)運動である「Quick Squat(以下QS)」などが含まれている。QSとは、膝関節屈曲60°までのスクワットを10秒間に出来るだけ早く行い、その回数を評価するものである。今回の報告では、TKA患者が日本において徒歩何分という表示に用いられる80m/minの速度で歩行するためには、機能評価の中のどのような因子が関与しているのかを明確にし、さらに80m/minの速度で歩行するために必要な評価指標のカットオフ値を得ることを目的とする。【方法】対象は2010年4月から2012年8月までに4病院でTKAを施行し、術前、術後3週、術後8週、術後12週のいずれかの時期に調査項目が評価可能であった症例とした。各評価時期における症例数および平均年齢は、術前142例、74.3±7.2歳、術後3週199例、74.1±7.7歳、術後8週176例、74.4±7.1歳、術後12週157例、74.3±7.3歳であった。調査項目は、5m MWS、QS回数、TUG、JOAスコア、BI、疼痛の有無、術側屈曲・伸展可動域および筋力(nm/kg)として術側膝屈曲・伸展、非術側膝屈曲・伸展の12項目とした。QS回数、TUG、筋力は各々2回測定し、その平均値とした。統計解析としては、5m MSWにて80m/minの速度での歩行の可否を従属変数、上記調査項目を独立変数とした多重ロジスティック回帰分析を実施した。その後、抽出された調査項目に関して80m/minの速度での歩行の可否を判断するカットオフ値を得るために、Receiver Operating Characteristic Curve(以下ROC曲線)から曲線下面積(Area Under the Curve以下AUC)を算出し、感度・特異度からカットオフ値を求めた。統計解析ソフトはSPSS(ver.19)を使用した。【倫理的配慮】本研究は、当学の倫理委員会の承認を受け、ヘルシンキ宣言に則り施行した。【結果】多重ロジスティック回帰分析の結果、モデルχ2検定は全評価時期においてp<0.01で有意であった。判別的中率は術前83.8%、術後3週92.9%、術後8週92.0%、術後12週88.5%であった。TUGが全評価時期(p<0.01)で有意な変数として抽出され、QS回数が術後8週(p<0.05)、術後12週(p<0.01)で有意な変数として抽出された。抽出された変数におけるROC曲線のAUC、カットオフ値はTUGでは術前0.88、10.3秒、術後3週0.91、10.4秒、術後8週0.92、9.6秒、術後12週0.93、9.5秒であり、QS回数では術後8週0.84、9.5回、術後12週0.87、11.5回であった。【考察】歩行は日常生活で最もよく使われる移動手段であり、高齢者では身体活動量の80%が歩行であるとされている。また、歩行能力が高いと外出頻度が多くその範囲も広くなり、歩行能力が低くなると外出頻度が少なくその範囲も狭くなるという報告もある。TKA患者の高い活動性を維持するためにも、QOLを高めるためにも、外出が出来るか否かは重要であると考える。TKA患者が外出できる歩行能力を有しているのかを判断する場合、日本において徒歩何分という表示に用いられる80m/minという歩行速度は、1つの判断基準となりうると考える。今回、この歩行速度を指標としてTUGとQS回数のカットオフ値を算出することができた。TUGは全評価時期において有意な変数として抽出され、QSに比しAUCは高い傾向であった。しかしながら、TUGには歩行という動作も組み込まれているのに対し、QSは歩行を含まない。このことは、術前や術後早期などに自立歩行が困難でMWSやTUGが評価困難な場合であっても、QSが可能であれば、評価時のQS回数に対し術後8週や12週の目標を定められる利点がある。SSC運動は、スポーツ選手の投擲動作時やジャンプ施行時から健常者の通常歩行時まで幅広く認められており、歩行能力の維持・改善にはSSC運動の遂行能力向上と適切な評価が重要であるとの考えから、4病院ではTKA術後患者にQSをトレーニングとしても取り入れている。我々は、第47回日本理学療法学術大会において、TKA患者のQS回数と10m MWSおよびTUGに相関が認められることを報告しQSの有用性を示した。今回の結果からも、QSはTKA患者における歩行評価の新しい指標となり得るとともに、方法が簡便で評価とトレーニングを兼ねている点でも有用性が高いと考える。【理学療法学研究としての意義】外出の判断基準となりうる80m/minの速度での歩行の可否について、TKA患者におけるTUGとQS回数のカットオフ値を算出した。QSはTKA患者の歩行評価の新しい指標となりうると考える。