抄録
【はじめに、目的】世界に類をみない速度で超高齢化社会を迎えようとする我が国にとって,65才以上の高齢者が過半数を占める限界集落の問題は避けて通れなくなっている.限界集落とは,人口の減少と高齢化が一定の条件を超えて進み,集落機能の維持・回復の可能性が失われつつある集落のことを指す.愛媛県は,その地形的な特徴から,中山間地や離島が多く,そこに限界集落が増加している.今回,中山間部と瀬戸内海の島嶼部の限界集落における高齢者の健康状態と身体能力などについて調査し,興味のある知見を得たので報告する.【方法】母都市から車もしくは舟で30分以上かかる地域で,高齢化率50%を超える限界集落3地区を対象地域とした.うち2地区は中山間部で,もう1地区は島嶼部である. 対象地域の65才以上の高齢者158名に対して,医師,保健師,理学療法士,作業療法士が健康状態と身体能力の調査を行った.対象者158名の内訳は,中山間部が69名(男22名,女47名)で,平均年齢は77.3歳(65歳~91歳,男性平均76.7歳,女性平均77.6歳)であった.一方島嶼部は88名(男35名,女54名)で,平均年齢は76.1歳(65~92歳で,男性平均76.3歳,女性平均76歳)であった.今回,対象者158名に対して行った調査のうち,運動機能はロコモ25,生活の質はQOL26,活動能力はIADL・BADLについて,中山間部と島嶼部に分けて比較検討を加えた.なお統計処理にはMann-Whitney’s U検定を用いて検定し,統計学的有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】公民館を通じて事前に口頭で説明し同意書を配布し、同意の得られた高齢者に対してのみ調査を行った.【結果】ロコモ25については,中山間部の全対象者の平均値は15.46±13.01であり,男性が11.41±9.68,女性が17.36±13.91であった.島嶼部の全対象者の平均値は24.81±19.64で,男性が25.97±21.60,女性が24.06±18.19であり,全対象者の平均値と男性の平均値で有意に島嶼部が高値であった. QOL26については,中山間部の全対象者の平均値は3.31±0.46で,男性が3.37±0.38,女性が3.28±0.48であった.島嶼部の全対象者の平均値は3.14±0.4で,男性が3.18±0.45,女性が3.10±0.36であり,全対象者の平均値と女性の平均値で有意に島嶼部が低値であった.また中山間部・島嶼部ともに,田崎らの調査による同年齢のQOL26の平均値よりも低値であった.領域別の平均値を中山間部と島嶼部で比較すると,身体的領域では全対象者と女性で有意に島嶼部が低値であった.心理的領域では,全対象者と男性と女性のすべてで有意に島嶼部が低値であった.社会的領域では,全対象者で有意に島嶼部が低値であった.環境領域では,全対象者と女性で有意に島嶼部が低値であった.全体の項目では,有意差はなかった. BADLについては,中山間部の全対象者の平均値は5.88±0.36であり,男性が5.86±0.35,女性が5.89±0.37であった.島嶼部の全対象者の平均値は5.69±0.87で,男性が5.54±1.23,女性が5.79±0.49であり,有意差はみられなかった.IADLについては,中山間部の男性が4.8±0.6,女性が7.64±0.81であった.島嶼部の男性が4.46±0.94,女性が7.47±1.0であり,有意差はみられなかった.【考察】ロコモ25は,日本整形外科学会が「運動器の障害」により「要介護になる」リスクが高い状態を診断するツールで,16点以上がロコモティブシンドローム(以下ロコモ)と診断される.今回の結果では,中山間部の全対象者の平均点数が15.46点とボーダーであるが,島嶼部の全対象者の平均点数は24.81点と有意に高く,島嶼部の対象者の下肢運動機能が低下し,ロコモ状態の対象者が多いことが示された.矢野らは離島に暮らす高齢者について,数日間誰とも話さず,何処にも外出しない高齢者の増加を指摘している.島嶼部では,加齢に伴う活動性の低下と島嶼部特有の生活パターンが,運動機能を低下させていると考えられた.QOL26の島嶼部の全対象者の平均値は,中山間部の全対象者の平均値と比較して有意に低く,領域別でも身体的・心理的・社会的・環境領域の4領域が有意に低かった.高畑らは,加齢とともに生じた社会活動性の低下は,身体能力の低下にとどまらず人生の満足度や精神的な健康を左右すると述べている.今回の結果からも,特に心理的領域は島嶼部の男女ともに有意に低く,将来に不安を抱いて生活している高齢者像が想像できる.島嶼部の高齢者に対しては,こういった環境・心理状態を理解した上での接し方が重要になると考えられる.BADLとIADLの得点は,中山間部・島嶼部に有意差はみられなかった.これは,限界集落の特徴として独居もしくは高齢者夫婦が多く,日常生活動作がある程度自立していないと生活していけないということを考えると,必然と考えられた.【理学療法学研究としての意義】島嶼部の高齢者の理学療法においては,運動機能だけでなく,島嶼部特有の環境や心理特性をも理解して行う必要性が示唆された.