抄録
【はじめに、目的】 「障害物に躓くこと」は高齢者の転倒原因の約60%を占めるとされている。躓き後の姿勢回復反応の低下には、加齢に伴う姿勢不良、筋力低下、反応時間遅延など多くの要因が影響すると考えられる。しかし、不良姿勢が躓き後の姿勢回復反応に与える影響については明らかにされていない。そこで、本研究の目的は、正常姿勢と円背姿勢の二条件で予測できない実験的な躓きを歩行中に誘発し、不良姿勢が姿勢回復反応にどのように影響するかについて検討することとした。【方法】 対象は健常成人26名(男性13名、女性13名、平均年齢21.2±0.9歳)とした。トレッドミルを歩行中に、利き足(以下、躓き側)の下腿遠位に巻きつけた紐を遊脚中に引き、振り出しを停止させることにより実験的な躓きを誘発した。紐を引くタイミングは遊脚中期とし、下腿遠位に設置した感圧センサにより躓きの開始時間を記録した。歩行条件は、正常姿勢歩行と不良姿勢 (円背姿勢) 歩行とした。円背姿勢は各被験者の身長の90%になる様に、両大腿部と体幹をベルトで固定した。歩行速度は任意とし、各条件で事前に10m歩行速度を測定した。躓きはランダムに計6回誘発し、間隔は1分以上とした。 躓き開始から姿勢回復までの身体反応はハイスピードカメラ(EX-FC200S、CASIO)を用いて、240fpsにて矢状面動画撮影を行い、支持脚(非躓き側下肢)の筋活動を無線筋電計(多チャンネルテレメータシステムWEB-7000、日本光電製)を用いて記録した。なお、本研究では躓き誘発後にトレッドミルの介助バーを姿勢回復のために用いた場合を転倒とみなした。被験者の腸骨稜、大転子、膝関節外側裂隙中央、外果、第5中足骨頭にマーカーを貼付し、A.躓き前のステップ距離、B.躓き後、姿勢回復のために前方に接地した足(以下、recovery foot)の踵部と支持脚の足尖までの距離 (以下、回復ステップ距離)を測定した。画像解析には二次元動作解析ソフト(Image-J、NIH)を用いた。またPijnappelsらの分類に基づき、躓き後の姿勢回復ストラテジーをLowering strategy(躓き後、直ちに足部を障害物前に接地する反応:LS)とElevating strategy(躓き後、直ちに足部を障害物上に挙上する反応:ES)に分類して分析した。電極は支持脚の大腿直筋、大腿二頭筋、前脛骨筋、ヒラメ筋外側部、腓腹筋内側頭に貼付し、躓きの開始から各筋の最大振幅出現までの時間を筋反応時間とみなした。【倫理的配慮、説明と同意】 全ての被験者には研究方法・趣旨を口頭および文章にて十分に説明し、研究参加の同意を得た。【結果】 回復ステップ距離の平均は、LSでは躓き前と比べ、通常・円背ともに有意な増加が認められたが(正常躓き前31.8±5.1cm、正常躓き後40.3±7.5cm,円背躓き前15.5±6.1cm、円背躓き後28.9±9.2cm,各p<0.05)、ESでは減少傾向であった。躓き前のステップ距離を基準とした回復ステップ距離の増加率は、LSでは円背姿勢が有意に高く(正常130.6±27.7%、円背199.9±57.3%、p<0.01)、ESにおいても高くなる傾向が見られた。 躓き後の筋反応時間において、円背姿勢は正常姿勢と比較し腓腹筋が有意に遅く、大腿二頭筋では有意に早かった(各p<0.05)。その他の筋においては有意な差は認められなかった。躓き後の股関節屈曲角度増加率は円背姿勢がLSで有意に小さく(p<0.05)、ESで低い傾向が見られた。躓き後の股関節屈曲角度はLS・ESとも両姿勢で増加し、躓き後の股関節屈曲角度は円背姿勢で大きくなった。【考察】 躓き後の姿勢回復には支持脚による適切なプッシュオフの力が、recovery footのポジショニングに重要であると報告されている。本研究の結果から、不良姿勢は健常成人においても、支持脚の筋活動に影響し、recovery footのポジショニングを不適切にする可能性が考えられた。円背姿勢における回復ステップ距離増加率の増加は、不良姿勢では躓き後の姿勢回復により大きなステップ距離が必要である事を示唆している。本研究では対象が健常成人であったため、大きなステップ反応を発揮できたが、筋反応時間の遅延などが認められる高齢者では転倒のリスクが高くなる可能性が考えられた。円背姿勢における腓腹筋の筋反応時間は、過度の膝関節屈曲姿勢が正常姿勢よりも腓腹筋を短縮位にしたことにより刺激に対する筋紡錘の感受性が低下し、遅延した可能性がある。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果から、不良姿勢は躓き後の姿勢回復反応を阻害し、転倒リスクを高くしている可能性が考えられた。そのため、不良姿勢を伴った高齢者では、転倒リスクをより配慮する必要があると考える。