抄録
【はじめに、目的】多巣性運動ニューロパチー(multifocal motor neuropathy: MMN)は、脱髄性疾患であり、臨床学的には下位運動ニューロン障害に類似している。主な症状として筋萎縮や筋繊維束攣縮を認めるが、詳細な病態や原因については未だ不明である。MMN症例は日本において約400 名しか確認されていない非常に稀な疾患であり、リハビリテーション分野における報告も少なく、筋活動の病態も明らかになっていない。そこで本研究の目的は表面筋電図を用い、MMN症例における下肢筋の病態を電気生理学的に検索することとした。【方法】本症例は40 歳代後半の男性であり、2009 年5 月ごろから徐々に筋力低下を認め、2010 年9 月にMMNと診断された。本症例の臨床症状として、中間的な筋収縮が発揮しにくい、ゆっくりとした関節運動が行えないなどの特異的な点が挙げられた。本症例の運動時の下肢筋活動を携帯型筋電図計測装置(マイオトレース400、酒井医療)を用いて測定した。運動課題は、端座位にて膝関節90 度屈曲位での膝関節伸展運動の等尺性収縮において、開始から10 秒後に最大随意収縮となるような段階的な伸展運動とした。被験筋は右側の大腿直筋とし、前処理を十分にした後に、上前腸骨棘と膝蓋骨上縁を結ぶ約半分の位置に電極中心間距離2.0cmにて電極を貼付した。解析ソフトウェア(マイオリサーチXPマスター、酒井医療)を用い、全波整流後、課題の開始時から終了時までの1 秒毎の積分値を算出した。分析は、1 秒間毎の積分値の最大随意収縮時積分値に対する比率(%MVC)、及び各1 秒間の%MVCの増減とその平均値、変動係数を算出した。比較対象は、神経学的、整形外科的疾患のない健常若年男性1 名(27 歳)とした。【倫理的配慮、説明と同意】対象者に本研究の主旨と倫理的配慮について説明し、書面にて同意を得た。【結果】運動課題における1 秒毎の%MVCの増減は、MMN症例では8.7%、1.7%、13.9%、-5.8%、28.0%、38.0%、-10.2%、7.6%、6.3% であり、変動係数は1.6 となった。健常若年者では9.5%、7.4%、12.7%、5.3%、1.4%、5.4%、16.6%、16.1%、10.8%であり、変動係数は0.5 となり、MMN症例は健常若年者に比べてばらつきが大きい結果となった。【考察】今回、表面筋電図にて大腿直筋における段階的な収縮運動時の筋活動を計測したところ、MMN症例は健常若年者に比べて1 秒毎の増減の値にばらつきがみられた。これは、MMN症例は健常若年者と比べて筋出力の調節が行えていないと言える。サイズの原理に従うと、通常、弱い収縮すなわち本実験課題の初期段階では、運動ニューロンのサイズや神経支配比が小さいS型の運動ニューロンが発火する。徐々にFR型の中くらいの運動ニューロンが発火し、最終的にはFF型の神経支配比が大きく高張力を生み出すニューロンが発火する。徐々に筋活動を高めていく場合、これらの運動ニューロンが時間的にオーバーラップし、極端な張力の増減がコントロールされると考えられる。一方、MMNの場合、それらのニューロンが脱髄により量的に欠落し、スムースな張力のコントロールが困難であったと考えられる。特に中間的な張力を維持することが困難で、急激な張力の増加が特徴的であり、FR型の運動ニューロンの著しい欠損が疑われた。【理学療法学研究としての意義】MMNは非常に稀な疾患であり、理学療法分野での報告は数少ない。今回、MMN症例の膝関節伸展運動において段階的な筋収縮が困難であり、健常者とは異なる筋収縮をすることが示唆された。このような筋の病態を電気生理学的に知ることで、今後の理学療法アプローチの手段に寄与すると考える。