抄録
【はじめに、目的】 大腿骨近位部骨折術後のリハビリテーションにおいて、認知症を合併している症例では機能予後が不良となることが数多く報告されている。認知症の重症度に関しては、より重度になるほど機能予後が不良となるが、重度であってもリハビリテーションによって日常生活動作(以下ADL)や運動機能に有意な向上が得られることが示されている。認知症には行動心理学的症候(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia、以下BPSD)を伴うことが多く、理学療法を実施する際にも支障となることをしばしば経験する。しかし、BPSDの存在が認知症の重症度を考慮しても機能予後にどのような影響を及ぼすかについては明らかにされていない。今回、われわれは、大腿骨近位部骨折術後のリハビリテーション目的で回復期リハビリテーション病棟へ入院した患者を対象にして、BPSDの存在が理学療法によるADLの改善に及ぼす影響を検討したので報告する。【方法】 対象は、大腿骨近位部骨折術後にA病院の回復期リハビリテーション病棟へX年4月からX+1年8月まで入院した47例のうち、以下の組入基準を満たした25例である。組入基準は入院時Mini Mental State Examination(以下MMSE)スコア23点以下、重篤な合併症なし、受傷前の歩行の自立とした。本研究では入院時MMSEスコア23点以下を認知症ありとした。対象の内訳は、男性/女性が10/15例、平均年齢は83.3±5.5歳(75~96歳)、術式では人工骨頭置換術/骨接合術が5/20例、平均入院日数は82.7±17.0日(35~126日)、受傷前の歩行能力に関しては補助具なし/一本杖が21/4例であった。BPSDの評価は、評価者間信頼性が証明されているBehavioral Pathology in Alzheimer's Disease Frequency Weighted Severity Scale(以下BEHAVE-AD-FW)を用いて各患者の入院2週目に評価し、総点1点以上をBPSDありとした。ADLの改善度は、Functional Independence Measureの運動項目(以下mFIM)でのmFIM利得(退院時mFIM-入院時mFIM)およびmFIM効率(mFIM利得/在院日数)で評価した。対象をBPSDあり群とBPSDなし群に分け、2群間のMMSE、mFIM利得、およびmFIM効率をマン・ホイットニーのU検定を用いて比較した。さらに、軽度認知症群(MMSE スコア20~23点)、中等度認知症群(10~19点)、および重度認知症群(9点以下)ごとにBPSDあり群とBPSDなし群に分けて同様に検討した。なお、有意水準は0.05未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言を尊重して企画し、当院倫理委員会の承認を得た。対象者の個人情報の取り扱い等については、入院時に対象患者及びその家族に口頭及び書面をもって説明し、同意を得た。【結果】 BPSDは入院当初に12例で認め、13例に認めなかった。mFIM利得に関して0点の1例を除いた全例で改善が認められた。全対象者をBPSDあり群とBPSDなし群に分けた場合、BPSDあり群ではBPSDなし群よりもMMSE、mFIM利得、およびmFIM効率はいずれも有意に低かった(p<0.05)。認知症重症度で分類すると、軽度は5例、中等度は17例、重度は3例であった。BPSDは軽度認知症群の全例で認めず、重度認知症群では全例にBPSDを認めた。中等度認知症群ではBPSDあり群は9例、BPSDなし群は8例であった。MMSEはBPSDあり群とBPSDなし群の2群間で有意な差はなかったが、mFIM利得およびmFIM効率はBPSDあり群の方がBPSDなし群よりも有意に低かった(p<0.05)。【考察】 本研究により、大腿骨近位部骨折術後の患者において、入院当初のBPSDの存在は、理学療法によるADLの改善を阻害することが示唆された。特に中等度認知症合併例では、BPSDの存在は、認知症の重症度によらずに理学療法の効果を低下させる可能性があると考えられた。したがって、大腿骨近位部骨折術後の認知症合併例に対して理学療法を行う際には、認知機能の評価に加えて、BPSDの評価は予後予測をするうえで有用であると考えられた。【理学療法学研究としての意義】 本研究により、大腿骨近位部骨折術後の認知症合併患者において、BPSDが認知症重症度を統制しても機能予後予測因子となりうることを明らかにした。さらに、リハビリテーションを阻害するBPSDに対する介入は、機能予後を改善する可能性があると考えられた。