抄録
【目的】 切り返し動作は進行方向の方向転換を一歩で瞬時に行う動作であり,スポーツ活動において頻繁に用いられる.また膝関節のACL損傷が好発する動作でもある.切り返し動作についてはACL損傷の予防的観点より,その動作姿勢や損傷リスクなどに関する三次元動作解析装置を用いた生体力学的研究が多数報告されている.しかし,スポーツ活動中におけるターン動作などでよく見られる180°方向への切り返し動作に関する報告は限られており,なかでも膝関節への力学的負荷に関する報告はほとんど見られない.膝関節への負荷については,身体の質量中心である重心位置と身体の方向転換時に支点となる軸足足部の接地位置の関係が,その中間に位置する膝関節へ多大な力学的影響を及ぼすことが推測される.そこで本研究では,三次元動作解析装置を用いて180°方向への切り返し動作を解析し,重心から軸足足部の接地位置までの距離と膝関節モーメントの関係について明らかにすることを目的とした.【方法】 対象は本研究に明らかに影響を及ぼすような整形外科的疾患や神経疾患,重篤な内部疾患などを有さない,スポーツ経験のある健常男性15名(年齢22.5±2.9歳,身長170.9±5.6cm,体重64.8±6.2kg,スポーツ経験歴9.1±2.5年)とした.測定には三次元動作解析装置Vicon Nexus,床反力計を用い,サンプリング周波数はそれぞれ240Hz,1200Hzとした.測定に先立ち,Plug-In-Gaitモデルに即して全身35点の赤外線反射マーカーを被験者に貼付し,切り返し動作に慣れるまで十分に練習を行わせた.測定試技は,利き足(ボールを蹴る側)を軸足として床反力計上にて180°方向への切り返し動作を行わせ,3回の試技が正しく記録された時点で終了とした.この時の軸足足部の接地から離地までの間(以下,足部接地期)における膝関節伸展モーメントと膝関節外反モーメント,水平面上の走行方向と垂直な方向(以下,X軸方向)における足部接地期の重心から軸足足尖までの距離(以下,C-T距離),切り返し直後の重心速度(以下,C速度)のそれぞれの最大値を算出し,3回の試技の平均値を算出した.なお,膝関節モーメントについては身長と体重で標準化した.その後,C-T距離と膝関節モーメントとの関連性について検討するためSPSS 11.0J for Windowsを用い,それぞれの測定値の相関係数を算出した.有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮,説明と同意】 本研究は本学倫理委員会の承認を得た.対象者には研究の趣旨と内容について十分な説明を行い,書面にて研究参加の同意を得た.【結果】 180°方向への切り返し動作における足部接地期には,C-T距離と膝関節伸展モーメントに中等度の負の相関関係が認められた(r=-0.68,p<0.01).C-T距離と膝関節外反モーメントには有意な相関関係は認められなかった(r=-0.14,p=0.61).また膝関節伸展モーメントとC速度には中等度の正の相関関係が認められた(r=0.55,p<0.05).【考察】 本研究結果より,C-T距離が減少するほど膝関節伸展モーメントが有意に増大し,膝関節伸展モーメントが増大するほどC速度が有意に増大することが明らかとなった.C-T距離と膝関節伸展モーメントの関連については,X軸方向の運動である重心の側方移動を減少させてC-T距離を短くすることで重心が足部の接地位置のより真上に位置し,重心の減速や切り返し方向への加速が容易になったと考えられ,重心の制御が容易になったことで重心と足部の中間に位置する膝関節の伸展力が発揮し易くなり,膝関節伸展モーメントを有意に増大させたと推察された.また足部接地期における膝関節の屈曲‐伸展運動は切り返し直後の推進力となると考えられ,膝関節伸展モーメントの増大,つまり,膝関節運動による推進力の増大が切り返し直後の走行速度を有意に増大させたと推察された.よって,膝関節伸展モーメントの増大は切り返し動作におけるパフォーマンス向上のための一要因となると考えられた.一方,C-T距離が減少しても膝関節外反モーメントの増大を伴うことなく膝関節伸展モーメントのみが増大することが明らかとなった.膝関節外反モーメントの増大はACL損傷の主要なリスク要因であり,ACL損傷の予防的観点から有用な知見と考えられた.【理学療法学研究としての意義】 本研究により,180°方向への切り返し動作においてはX軸方向における重心位置を軸足足部の接地位置のより真上に位置させることで,ACL損傷のリスクを増大させることなくパフォーマンスの向上に繋がる可能性が示唆された.これはリハビリテーションにおけるACL損傷の予防を目的とした動作指導の一助となると考える.