抄録
【はじめに、目的】近年,医療や介護の現場は,病院・施設に限らず在宅に移行しつつあり,理学療法士には高度な医療機器が存在しない在宅においても,安全に効果的な理学療法を提供することが求められている。理学療法を安全に効果的な強度で提供する1 つの手段として嫌気性代謝閾値(Anaerobic threshold;以下AT)を用いた運動強度の設定が推奨されている。しかし,在宅で呼気ガス分析装置を用いることは難しい。そこで,現在までにATを簡便に推定するための代替手段として二重積屈曲点(Double Product Break Point;以下DPBP)が考案され,広く用いられるようになっている。また,DPBPと同様,ATを推定する方法として唾液アミラーゼ活性の唾液閾値(Saliva threshold;以下Tsa)を用いる方法が提案されている。しかし,AT とTsaの関係に関する報告は少なく,Tsaと他の簡易推定法との関連を調べた報告はない。そこで,本研究はATを簡便に推定する方法としての唾液アミラーゼ活性測定の有用性を明らかにすることで,安全に効果的な運動療法を提供する手段の確立に寄与することを目的とする。【方法】研究協力者は11 名の健常成人男性(年齢23.8 ± 1.8 歳,身長172.6 ± 4.9cm,体重64.6 ± 6.3kg,BMI21.7 ± 1.3kg/m 2 )とした。研究協力者には予め,研究協力前日のアルコール摂取の禁止,測定開始2 時間前から水以外の飲食の禁止を指示した。運動負荷試験には自転車エルゴメータ(AEROBIKE 75XL,COMBI 社製)を使用し,呼気ガスと心拍数の測定には呼気ガス分析装置(AE-310S,MINATO 社製),血圧の測定には水銀式血圧計,唾液アミラーゼ活性の測定には酵素分析装置(唾液アミラーゼモニター,NIPRO社製)をそれぞれ使用した。運動負荷試験はエルゴメータ上での3 分間の安静座位の後,10Wattにて3 分間のウォーミングアップを行い,30Wattから開始した。その後,3 分毎に負荷を20Wattずつ段階的に漸増させた。ペダル回転数は50rpmで統一した。各段階における残り30 秒の時点で唾液の採取と,血圧測定を行った。唾液採取のため協力者から呼気ガス分析用マスクを取り外し,唾液採取紙を口腔内の舌下部に30 秒間挿入することで唾液を採取した。唾液採取後,呼気ガス分析用マスクを再装着した。ATの決定にはV-slope法を使用し,ATが観察された負荷から2 段階後の負荷が終了した時点で運動負荷試験を終了した。統計解析にはIBM SPSS Statistics 20 を使用し,AT,Tsa,DPBP時の運動負荷量を一元配置分散分析により比較した。また,ATとTsa,ATとDPBP時の運動負荷量の関係をピアソンの積率相関係数を用いて検討した。危険率5%未満を統計学的有意とした。【倫理的配慮、説明と同意】研究協力者には事前に書面と口頭にて研究の目的と方法,研究上の不利益,プライバシー保護などについて説明し,研究協力の承諾を得た。尚,本研究はヘルシンキ宣言に基づいて実施した。【結果】本研究の結果,ATは全ての研究協力者で確認できたが,TsaとDPBPはそれぞれ2 名の協力者で確認できなかった。そのため,以下の解析では,TsaとDPBPが確認できなかった協力者のデータを除いて比較を行った。その結果,AT 時のVO2/W,HR,運動負荷量はそれぞれ18.1 ± 2.3 ml/kg/min,116.2 ± 16.4 beat/min,70.0 ± 28.3 Wattであった。Tsa 時の唾液アミラーゼ活性は40.0 ± 18.1 kU/Lであり,運動負荷量は61.1 ± 28.3 Wattであった。DPBP時のDPは14868.2 ± 3153.1 beat・mmHgであり,運動負荷量は65.6 ± 21.9 Wattであった。一元配置分散分析の結果,AT,Tsa,DPBP時の運動負荷量間に有意な差は認められなかった。また,ATとTsa,ATとDPBP時の運動負荷量にはそれぞれ有意な相関が認められた(順にr=0.951,p<0.01,r= 0.940,p<0.01)。【考察】本研究の結果から,AT,Tsa,DPBP時の運動負荷量に有意差がないことに加え,ATとTsa,ATとDPBPに高い相関が存在することが示された。また,TsaとDPBPは検出率,ATとの相関の程度において同程度であることから,Tsa はDPBPと同様にATを簡便に推定する方法として有用であると考えられる。また,全ての協力者においてDPBPとTsaのどちらかが確認できており,2 つの簡便な測定手法を組み合わせることでより高率にATを推定できると考えられる。【理学療法学研究としての意義】唾液アミラーゼ活性の測定は,簡便で非侵襲的な上に,その屈曲点であるTsaはATと高い相関を示すため,安全で効果的な理学療法を提供する上で有用と考えられる。