抄録
【はじめに,目的】 股関節の可動域(以下,ROM)制限および外転筋の筋力低下はいずれも変形性股関節症(以下,股関節症)に出現する主要な機能障害である.ROM制限は,筋力低下や起居動作遂行能力の低下に関連があり,さらに立位姿勢や歩容の変化にも影響を及ぼしている.それゆえROMおよび外転筋力の改善を目的に理学療法を施行する機会は多い.股関節外転(以下,外転)筋は大殿筋上部線維(以下,大殿筋),中殿筋,小殿筋,大腿筋膜張筋によって構成され,解剖学的構造から外転の他に屈伸および回旋の作用も兼備している.そのため股関節症患者に現れる多様なROM制限が外転筋の働きに影響を及ぼし,外転筋群のいずれかが十分に活動できずに筋萎縮を呈している可能性が考えられる.廃用性萎縮に焦点を当てた研究では筋量の指標として筋厚や筋の横断面積と筋力との関連を示す報告が散見される.これらの結果は筋力低下を詳細に考証する上で各外転筋の筋量を個別に評価している点で有用である.しかし,筋量を正確に評価するためには筋の体積を計測する必要性を述べている報告もある.我々が検索した限り股関節ROMと各外転筋の体積との関連を検討した報告はなく,ROM制限が影響して特定の外転筋が萎縮するという特徴を見いだせれば股関節症患者に対するROM改善や筋力強化に有益な情報となりうると考えた.本研究の目的は,股関節症患者において患肢の股関節ROMと各外転筋の体積との関連を明らかにすることである.【方 法】 対象は,初回片側の人工股関節全置換術を目的に入院した股関節症患者女性11名とした.平均年齢(範囲)は64.2(49-73)歳,平均身長(標準偏差)は151.2(6.7)cm,平均体重(標準偏差)は53.6(11.9)kg,平均body mass index(以下,BMI) (標準偏差)は23.4(4.3)kg/m²であった.股関節の屈伸,内外転,内外旋のROMを角度計にて計測した.大殿筋,中殿筋,小殿筋,大腿筋膜張筋の体積の計測は,放射線技師によるCT撮影にて得られたデジタルデータを用いた.画像解析ソフトImageJにて水平断像で計測筋を頭側から尾側へ観察し,目視できた断層から4断層毎に目視しうる断層までの各断層における面積を求めた.断層厚を乗じ体積を算出し,その総和を各筋の体積とした.各外転筋の体積の測定の検者内信頼性を級内相関係数(以下,ICC)を用いて検討した.股関節ROMと各筋の体積の間で相関があるか,身長,体重,BMIを制御変数とした偏相関係数(=r)を求めた.統計処理は統計解析ソフトSPSSver20を用い,有意水準は5%とした.【倫理的配慮,説明と同意】 本研究は東京都済生会中央病院倫理審査委員会で研究計画の承認を得た後に開始した.対象者には研究の内容を説明し研究に参加することの同意を書面にて得た.【結 果】 ICC(1,1)は,大殿筋は0.994,中殿筋は0.991,小殿筋は0.959,大腿筋膜張筋は0.994であった.股関節内旋ROMと大殿筋(r=0.825,p<0.05)および中殿筋(r=0.623,p<0.05)が有意に正の相関を示した.【考 察】 股関節症患者において内旋ROMの低下は,伸展ROMの低下とともに好発するROM制限であり,特徴的な立位姿勢や歩行様式の変化をもたらす.立位での股関節の肢位は屈曲,外旋位となり易く,この様な立位姿勢によって外旋作用を持つ大殿筋および中殿筋後部線維は短縮位となる.骨格筋は短縮位で固定されると廃用性萎縮と筋長の減少をきたすとされ,これらの筋は十分に伸長されないことで萎縮を呈したと考えられる.一方,小殿筋は外転に作用する筋であり,著明な内転ROMの低下がなかったため筋の短縮による影響は低かったと考える.大腿筋膜張筋は,大殿筋や中殿筋などの単関節筋とは異なり,筋長の長い二関節筋であるため股関節ROM低下による影響は低かったと考える.また,股関節症患者の歩行では内旋ROMの低下が股関節への荷重面の集中化を招き,さらなる関節症変化を助長することから,ROM制限が患肢への荷重を抑制する誘因となることを示唆する報告もある.股関節への荷重量の低下は大殿筋および中殿筋の筋活動の低下をもたらすとされ,その歩行様式の習慣化によって廃用性萎縮をきたすと考えられる. 【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果から,大殿筋および中殿筋の筋力の維持・強化には股関節ROMの改善や習慣化された動作様式の修正の必要性が示唆された.また,股関節ROMと筋力との関連を検討するための基礎的情報として各々の外転筋の体積を評価した点で意義深いと考える.