抄録
【はじめに、目的】 降段動作は,一側下肢で身体を支持し,各関節周囲筋の遠心性収縮によって,身体重心を前下方へ移動させる動作であり,日常生活において頻繁に行う動作のひとつである.先行研究において,変形性膝関節症(以下,膝OA)患者の歩行動作に関する報告は数多くなされているが,階段降段動作に関する報告は少ない.また,臨床上,歩行と比較して,動作獲得や疼痛軽減を図る上で難渋する課題のひとつに挙げられる.本研究は,三次元動作解析装置を用いて,降段動作における運動学的特徴を比較・検討し,動作遂行困難や膝OAの病態進行に繋がる要因を明らかにすることを目的に行った.【方法】 対象は,膝関節に既往のない対照群10人(女性10人,平均年齢56.8±7.6歳)と膝OAと診断された膝OA群12人(女性12人,平均年齢61.0±7.2歳).膝OAの病期分類(Kellgren-Lawrence分類)は,Grade1が5人,Grade2が4人,Grade3が3人であった.計測は,三次元動作解析システム Kinema Tracer (キッセイコムテック社製)を使用した.左右の肩峰,最下肋骨下縁,上前腸骨棘,上後腸骨棘,大転子,膝関節裂隙,外果,第5中足骨頭に直径30 mmの蛍光マーカを貼付した.課題動作は,高さ15.5cmの台から二足一段で降段動作を行い,自由速度にて,3回施行した.測定肢は後脚下肢とし,対照群は右下肢を,膝OA群は膝OA側の下肢,両膝OAの場合は,重症度が高い下肢を選択した.非測定肢のつま先離地からつま先接地までを解析範囲とし,つま先離地から立脚側への重心移動が最大となる時期を立脚初期,立脚側への重心移動が最大となった後からつま先接地までを立脚後期と定義し,身体重心の変化量,身体重心と膝関節中心間の距離の変化量,身体体節角度の変化量の解析を行った.算出したデータは100%正規化を行った後,3回試行の平均値を被験者の代表値として採用した.統計学的解析は,統計解析ソフトウェアDr.SPSSⅡfor windows(エス・ピー・エス・エス社製)を用いて,対応のないt検定を行い,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 当院の倫理委員会の承諾を受けた上で,対象者には,ヘルシンキ宣言に基づき本研究の趣旨を口頭および文書にて説明した.同意が得られた場合のみ測定を実施した.【結果】 身体重心の移動は,被験者全て,つま先離地後に立脚側へ移動し,その後,遊脚側へ移動していた.立脚初期における身体重心の立脚側への移動量は,膝OA群が対照群と比較して,有意に小さかった(p<0.05).立脚後期における身体重心の遊脚側への移動量は,膝OA群が対照群と比較して,有意に大きく(p<0.01),前額面上での身体重心と膝関節中心間の距離の変化量も膝OA群が対照群と比較して,有意に大きかった(p<0.01).関節角度変化量において,体幹の遊脚側への傾斜量は,膝OA群が対照群と比較して,有意に大きく(p<0.01),対照群は立脚側に傾斜するのに対し,膝OA群は遊脚側への傾斜が認められた.骨盤の遊脚側への傾斜量は,膝OA群が対照群と比較して,有意に大きかった(p<0.01).大腿の外側傾斜量は,膝OA群が対照群と比較して,有意に大きく(p<0.01),下腿の外側傾斜量は,膝OA群が対照群と比較して,有意に大きかった(p<0.05).【考察】 膝OA群では,立脚初期における身体重心の立脚側への移動量が小さく,体幹および骨盤の遊脚側への傾斜量が大きいことから,これらが降段動作時に身体重心の遊脚側への移動量が対照群と比較して,大きくなった要因として考えられる.体幹・骨盤の遊脚側への傾斜に伴い,身体重心の遊脚側への移動量が大きくなることで,前額面上での身体重心と膝関節中心との距離が対照群と比較して,大きくなったことが考えられる.前額面上での身体重心と膝関節中心間の距離が大きくなることに加え,大腿および下腿の外側傾斜量が大きくなる結果から,膝関節への内反モーメントが増大していることが推察される.これらの動作戦略となる要因として,立脚側下肢の支持機能低下により,立脚初期において,身体重心を立脚側へ移動できないことや体幹・股関節機能低下により,体幹・骨盤の遊脚側への傾斜を制御できないことが推察される.膝OA群の降段動作における動作戦略は,結果として,膝関節への内反モーメントが増大することで,膝関節内側部への圧縮力を高め,関節破壊・膝OAの病態を進行される恐れがあることが推察された.【理学療法学研究としての意義】 本研究は,膝OA患者の降段動作における前額面での運動学的特徴を捉え,動作遂行困難や膝OAの病態進行に繋がる要因を明らかにすることを目的に行った.今回の知見から,臨床応用として,膝OAの病態進行を予防するために,股関節・体幹機能改善により立脚側下肢の支持性向上を図り,適切な下肢荷重を促す必要性が明らかとなった.