理学療法学Supplement
Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: F-S-01
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セレクション口述発表
撓骨遠位端骨折術後に対する腱振動刺激による運動錯覚が急性疼痛に与える効果
今井 亮太大住 倫弘平川 善之森岡 周
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キーワード: 腱振動刺激, 運動錯覚, 痛み
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抄録

【はじめに、目的】近年,ギプス固定などの不動により疼痛閾値の低下 (Terkelsen 2008)や,固定早期から痛覚過敏症状が生じることが報告されている(関野2012).この不動が痛みを生み出し,慢性痛の要因になると報告されている(松原2010).一方,痛みが慢性化するモデルとして,痛み経験から破局的思考,不安,廃用を生み出し,それに基づき慢性化する恐怖-回避モデル(fear-avoidance model)が提唱されている(Vlaeyen 2000).これらより,術後急性期から不動を防ぐこと,そして痛みを生じさせず,運動に対する不安を解消することが理学療法において重要である.このような不動や不安によって実際に運動を起こすことが困難な者に対し,我々は腱振動刺激による運動錯覚が有効な治療手段になり得ると考えている.腱振動刺激による運動錯覚とは,筋紡錘の発射活動を引き起こし,その求心性入力から刺激された筋が伸張されていると知覚し,あたかも自己運動が生じたような錯覚を惹起させることである(Goodwin 1972).この時,実際の運動と等価的に脳の運動関連領域が賦活することが報告されている(Naito 1999).そこで今回,術後翌日から腱振動刺激により運動錯覚を惹起させることにより,急性疼痛の抑制,運動に対する不安の軽減,関節可動域の改善が起こるかどうか検証した.【方法】対象は撓骨遠位端骨折後,当院で手術を施行した14名である.この14名を手術予定順に,交互に運動錯覚群7名とコントロール群7名に振り分けた.介入期間は術後翌日より7日間とし,振動刺激にはコードレスハンドマッサージャー(YCM-20,60Hz)を用いた.運動錯覚はNaitoらの方法に基づき,閉眼,安静座位姿勢で両手掌を合わせ,非罹患肢の手関節総指伸筋腱の手関節部に振動刺激を行い,手術側の手関節背屈の運動錯覚を想起させた.プロトコルは,安静10秒―課題30秒とし,3回連続で実施した.運動錯覚を経験した際の錯覚強度をVerbal Rating Scale(以下VRS)を用いて6段階評価し,錯覚角度は非術側で再現させ,その角度をプラスチックゴニオメーター(GS-100)で測定した.アウトカムはVAS(安静時痛,運動時痛),関節可動域(背屈,掌屈,回内,回外),pain catastrophizing scale(以下PCS;下位項目である反芻,拡大視,無力感に分類)日本語版,hospital anxiety and depression scale(以下HADS;下位項目である不安,抑うつに分類)とした.評価は治療前,治療後,術後1ヵ月,術後2ヵ月に行った.統計解析は,各評価項目において二元配置分散分析を用いた.下位検定はTukey法を用いて多重比較検定を行った.有意水準は5%未満とした.なお,統計処理はSPSS v17.0を使用して行った.【倫理的配慮、説明と同意】対象にはヘルシンキ宣言に基づき,本研究の趣旨を説明し,参加の承諾を得た.また,当院の倫理委員会にて承認された上で実施した.【結果】運動錯覚群の全対象で錯覚の想起を認めた.VAS(安静時痛,運動時痛),PCS(反芻,拡大視),HADS(不安),関節可動域の全運動方向において,課題実施前後と群に主効果,交互作用を認め(p<0.05),期間と群にも主効果,交互作用を認めた(p<0.01).運動錯覚群にのみ課題前後(p<0.05),期間(p<0.01)の単純主効果が有意であった.多重比較検定の結果,運動錯覚群のみ有意な経時的改善を示した.【考察】MoseleyらはCRPS type1症例において運動イメージにより痛みが増大したことを報告している.これは運動時に経験した痛みの記憶が,イメージ時に想起されている可能性があると考察されている.一方,GayらCRPS type1症例ににおいて腱刺激による運動錯覚により痛みの軽減と関節可動域の改善があったことを報告している.今回の結果からは,腱刺激による求心性情報によって,痛みが生じることなく運動の知覚が可能であったことから,運動に対する不安や恐怖心が軽減したと考える.一方で,痛みと不安が相関していること(Kevin 2006)や,痛みや運動に対する不安,破局的思考は,痛みや機能障害と関与していることが示唆されている(Keogh 2010).本研究における痛みの軽減,関節可動域の改善もそれを支持する結果になった.以上のことから,手術後翌日から,運動に対する痛み経験や不安を持つ患者に対して,腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることで,運動に対する不安や恐怖感を改善させることにより,痛みの改善,関節可動域の改善につながることが確認された.【理学療法学研究としての意義】疼痛理学療法においては,対象の不動期間,痛み経験,破局的思考,不安を考慮することが重要になる.腱振動刺激は痛みの知覚をさせることなく,運動錯覚を惹起させることが可能であり,術後翌日といった早期介入が可能な有効な手段である.本結果は,急性痛の軽減だけでなく,痛みの慢性化の発生を防ぐことができる可能性があることを臨床研究で示した.

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© 2013 日本理学療法士協会
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