抄録
【はじめに】広範囲熱傷は急性期において感染や組織修復のために多大なエネルギーを消費する.侵襲時のエネルギー供給は主に骨格筋が担っており,熱傷症例に対する理学療法の目的は単に,身体機能の改善のみならず侵襲で失われた骨格筋量の維持改善であると考える.今回,栄養評価を踏まえた上での集中的理学療法の介入により早期ADL自立に加え,身体機能の改善が可能であった症例を経験したため報告する.【症例紹介】20代男性,身長168cm,体重67.68kg,BMI24.0.現病歴:溶接作業中に着衣着火し,左顔面・頚部・体幹・左上肢・腋窩にⅡ度・Ⅲ度の熱傷面積計35%の広範囲熱傷を受傷.当院救急搬送されICU入室となる.来院時所見:気道熱傷(-),熱傷指数17.5,熱傷予後指数(年齢+熱傷指数)37.5,血液検査:ALB:4.5g/dl,T-CHO:165mg/dl,CRP:0.25mg/dl,WBC:9500/ul,リンパ数:2870/mm3【倫理的配慮、説明と同意】本症例には今回の発表の主旨を説明し,同意を得た.【経過】8病日よりICUでの理学療法が開始され,開始時評価は創部痛により体動は困難でありBarthal Index(以下BI)は40点,Performance status(以下PS)は3であった.筋力はHand Held Dynamometerにて測定し,坐位にて膝関節90°屈曲位で3秒間の最大等尺性収縮で測定を行い,筋力右/左:297/289(N),握力右/左:54.9/48.7(kg)で起立も介助が必要であった.消費カロリーとして【Harris-Benedictの式(基礎熱量消費量)×活動係数(臥床:1.0)×傷害係数(熱傷:20-40%:1.3)】から1日必要消費カロリー(2213kcal)を算出し,運動時の消費エネルギーを(METs×3.5×体重(kg)×時間(分)/200)の計算式で算出した.摂取エネルギーと消費エネルギーのバランスの変動に着目し,可能な限り消費エネルギーが摂取エネルギーを上回ることのない範囲で負荷量を設定した.その他に体重や食事摂取量の変化,血液検査から炎症反応と栄養状態の推移としてALB,T-CHO,CRP,WBCを把握した上で低栄養患者の場合の目標心拍数【(予測最大心拍数-安静時心拍数)×0.3~0.5+安静時心拍数】に近づけるように負荷量を漸増した.経過は5病日よりNSTが介入し,8病日より起立・歩行練習を開始し,この時期のカロリーバランスは-51.3kcalで体重は66kgであった.13病日に1回目の植皮術を施行し,その後の体重の推移は17病日で64.3kgと減少傾向で19病日には筋力右/左:203/203(N),握力右/左:32.1/20.3(kg)と術後の侵襲による筋力低下を認めた.24病日で体重は63.4kg まで減少したが筋力は維持できており,歩行自立となったため22病日にはADL自立となった.その後、CRPも低下傾向を示し,活動量が増加したため1日必要エネルギー量を見直し,傷害係数:1.0,活動係数:1.3で1日必要カロリーは2213 kcalとなった.この時期のカロリーバランスは+166kcalとプラスに転じ, 24病日より自転車エルゴメーター(0.5~2.0kg漸増式,50rpm,20min)による運動を開始した.34病日に2回目の植皮術を施行.37病日にはADL自立となり,45病日には体重は65kgまで改善した.49病日には筋力右/左:256/233(N),握力右/左:53/42.1(kg)まで回復した.64病日よりトレッドミルでの走行運動(7.0km/h 15min)を開始し,カロリーバランスは+24.5kcalであった.カロリーバランスは24.5kcalを維持した状態で66病日には筋力右/左:417/376(N),握力右/左:56/45(kg)と初期評価時と比較して著明な筋力の改善を認め,体重も受傷時の67kgまで回復した.退院時にはBIは100点,PSも0まで改善し,6分間歩行試験で485mの歩行可能となり80病日に自宅退院となった.【考察】広範囲熱傷であったが,筋力・身体機能面で良好な結果が得られた要因として1回目の植皮術前より理学療法が開始された点や熱傷部位が上肢中心であり,術後も早期離床が可能であった点に加え,若年者であることから術後積極的な運動療法が可能であったことが挙げられる.また,最大の要因として1日の摂取カロリーと運動中のエネルギー消費量を把握した上で,侵襲による低栄養患者に合わせた目標心拍数を設定し,可能な限り最大限の運動を早期から実施したことが挙げられる.このように摂取と消費エネルギーのバランスに着目したことで,体重は受傷時の体重まで改善できた.すなわち侵襲による骨格筋量の低下を改善することができ,このことが筋力や握力の増加に影響を与えたと考えられる.今回,栄養に着目した集中的な理学療法を施行したことで廃用症候群の進行を最小限に抑え,2回目の植皮術後もADLは早期に回復し,身体機能の改善をもたらし自宅退院可能となった.今回,1症例の検討ではあるが今後症例数を増やし,有効性の検討を行いたいと考える.【理学療法学研究としての意義】運動を行う上で様々な栄養指標を負荷量設定の基準として用いることでより効果的な理学療法を可能にした.栄養療法と運動療法の併用効果の臨床的意義は高いといえる.