抄録
【はじめに、目的】 臨床場面では片麻痺患者の肩甲骨位置の変化・異常を多く経験する。片麻痺患者の肩甲骨位置を定量的に測定した先行研究は散見されるのみであり、その測定機器は理学療法の臨床場面での応用は難しいものが多い。一方、肩甲骨位置の測定は、スポーツ選手などを対象に様々な機器を用いた研究が行われている。それらの中でもテープメジャーとデジタル傾斜計(以下、傾斜計)を用いた測定方法は簡便であり、信頼性が高いと報告されており、臨床場面での応用が可能であると考えられる。しかし、片麻痺患者を対象としたものは少なく検討が必要である。 本研究の目的は、片麻痺患者の肩甲骨位置を簡便かつ定量的に測定し特徴を明らかにすること、また肩甲骨位置と機能障害を、麻痺の程度や姿勢との関係性から検討することである。【方法】 対象は回復期病棟入院中の初発の脳血管障害による片麻痺患者15名(男性7名、女性8名、平均年齢は66±14歳)、発症後期間は平均98±41日であった。肩甲骨位置の測定は、Lewisら、上田らの方法に準拠しテープメジャー及び傾斜計(スマートテクノロジー社製、Pro3600)を用いて、直線距離・角度を測定した。 肩甲骨位置指標は脊柱と肩甲棘内側縁端、下角の直線距離を側方位置、上下方向位置として測定した。また、前額面の肩甲棘内側縁端と肩峰後角の成す角度を回旋角、矢状面の肩甲棘内側縁端と下角の成す角度を傾斜角として測定した。 身体機能評価として上肢の片麻痺機能をBrunnstrom-stage(Br-stage)を実施した。姿勢評価は脊柱形状をSpinal Mouse®(index社製)を用いて前額面上の胸椎側屈角度を測定した。また、安静座位における臀部の圧分布をForce Sensitive Applications(Vista medical社製)を用いて水平中心の位置を測定した。 統計解析は、まず全対象者の非麻痺側と麻痺側の肩甲骨位置指標の差を検定した。差が見られた指標については身体機能評価などとの関係性をみるため、麻痺の程度、胸椎側屈方向、圧分布における水平中心の位置からそれぞれ2群に分類し差を検定した。統計解析は肩甲骨位置指標の差を対応のあるt検定、またはWilcoxonの符号付順位検定、各分類の2群における差は2標本t検定、またはMann-Whitneyの検定をそれぞれ実施した。すべての統計解析はSPSS16.0Jを使用し、有意水準はp<0.05とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言に則り、北村山公立病院倫理委員会、山形県立保健医療大学倫理委員会の承認を得て実施した。対象者には書面および口頭にて研究の目的や方法を十分に説明し、書面にて同意を得た。【結果】 全対象者の肩甲骨位置指標では、回旋角(非麻痺側-6.0±6.8 °、麻痺側-9.2±6.8 °)のみで有意な差(p<0.05)を認めた。上肢Br-stageI~Ⅲを重度群(6名)、stageⅣ~Ⅵを軽度群(9名)、胸椎側屈方向から非麻痺側側屈群(7名)、麻痺側側屈群(7名)、圧分布の水平中心の位置から非麻痺側群(8名)、麻痺側群(7名)に分類しそれぞれの群間における回旋角の比較を行った。結果、胸椎側屈方向において麻痺側側屈群(非麻痺側-3.0±6.5 °、麻痺側-9.8±7.1 °)でのみ有意な差(p<0.05)を認めた。麻痺の程度および水平中心の位置による群では回旋角に有意な差は認められなかった。【考察】 本研究における肩甲骨位置指標では、直線距離についてはいずれの変数でも有意な差は認められなかった。角度では回旋角のみ有意な差を認め、回復期片麻痺患者の麻痺側肩甲骨は下方回旋している可能性が示唆された。しかし、回旋角度差は3.2 °と小さく、今後対象者数を増やしての検討が必要と考える。胸椎が麻痺側に側屈している群では、麻痺側肩甲骨が有意に下方回旋し、胸椎側屈といった姿勢による影響が強いことが示唆された。しかし、脊柱形状の変化の要因は明らかになっておらず今後更なる検討が必要と考えられる。【理学療法学研究としての意義】 回復期片麻痺患者における肩甲骨は麻痺側がより下方回旋することが明らかになった。また、麻痺側肩甲骨の下方回旋には、胸椎側屈の影響が強いことが示唆され、理学療法の治療計画立案の一助となりえると考える。特に本研究における測定方法は、理学療法の即時効果を判定する上では有用であると考えられる。