抄録
【はじめに、目的】 運動‐呼吸同調(LRC)とは,運動リズムと呼吸リズムが同調することにより運動と呼吸がリズミカルになる現象のことである.このLRCの効果として,換気効率の改善や呼吸困難感の軽減が報告されている.しかし,LRCに関する先行研究において,換気が不安定な運動開始直後に着目した報告は少なく,より呼吸困難感の少ない状態での走運動を行うためには運動開始直後のLRCの効果を明らかにする必要がある.本研究の目的は,走運動時のLRCが運動開始直後の換気効率および呼吸困難感に及ぼす影響を検討することである.【方法】 対象は骨関節,呼吸器,循環器疾患の既往の無い健常成人男性8名(年齢22.3±2.0 歳)とした.測定機器は呼気ガス分析装置(AEROMONITOR AE-300S,ミナト医科学),トレッドミル(AUTO RUNNER AR-100,ミナト医科学)を用いて測定した.課題は2条件を実施した.呼吸リズムを規制しない自由呼吸による走運動(自由呼吸),足底接地に呼吸を合わせることで運動と呼吸の比率が2:1による走運動(LRC)を課題とした.測定に先立ち,最大下漸増負荷試験を実施し,各被験者のAT相当強度の走行速度を決定した.その後,AT相当強度にて自由呼吸,LRCによる定常負荷試験を実施した.なお,各試行の影響を除くため,各負荷試験後の間隔を24時間以上空けて実施した.課題プロトコールは,20分間の定常負荷試験とし,各課題プロトコール実施前に各呼吸条件のリズムにて3分間の走運動を行い,自由呼吸,LRCを用いた各呼吸条件の確認を行った.測定項目は呼気ガス分析装置専用ソフトウェア(AT Windows,ミナト医科学)にて酸素摂取量体重比(V(dot)O2/BW),単位酸素摂取量当たりの換気量(V(dot)E/V(dot)O2),分時換気量(V(dot)E),1回換気量(V(dot)T),呼吸数(RR)を測定した.また,課題プロトコール開始後1分間ごとに呼吸困難感の指標として主観的運動強度(RPE)を聴取した.さらに,各呼吸条件でLRC発生率を算出した.LRC発生率の算出に当たり,右膝関節に電気角度計を装着するとともに,呼気ガス分析装置より呼吸フロー曲線を出力し,各データをPC上で同期表示させた.解析は電気角度計のデータより運動リズム,呼吸フロー曲線より呼吸リズムを決定し,これらの周期間位相差を用いた.また,位相差の安定した状態(変動が±0.1秒以内)の4呼吸以上の持続をLRCと判定した.LRC発生率は次式で算出した.LRC発生率(%)=(同調した呼吸数/解析区間の全呼吸数)×100【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言に基づき対象者に研究の内容を文章と口頭で説明し同意を得た.なお,試行を行うにあたって身体に異常を認めた場合や被験者の自由意思によって辞退することが可能である旨も伝えた.【結果】 V(dot)O2/BWは自由呼吸群24.9±1.9ml/min/kg,LRC群24.9±1.9ml/min/kgであり有意差はなかった(p=0.88).また,V(dot)Eは自由呼吸群38.8±2.1L/min ,LRC群46.1±4.9L/minであり,LRC群で有意に高値を示した(p=0.001).RRは自由呼吸群27.6±4.9回/分,LRC群40.6±2.8回/分となり,LRC群で有意に高値を示した(p=0.001).V(dot)E/VO2は自由呼吸群23.6±1.9,LRC群28.0±1.3となり,LRC群で有意に高値を示した(p=0.001).V(dot)Tは自由呼吸群1.5±0.3L,LRC群1.1±0.2Lとなり,LRC群で有意に低値(p=0.001)を示した.また,LRC群においてLRC発生率とRPEは正の相関関係(r=0.56,p=0.001)を示した.【考察】 トレッドミル走ではLRCの比率は2:1が多く観察できるとされ,本研究でも同様に2:1を用いた.しかし,運動開始直後では,LRC群では呼吸数が規定されることにより自由呼吸群と比較して呼吸が頻回になり,1呼吸時間は減少しVTが減少につながったと推測される.また,V(dot)EはRRとV(dot)Tの積で求められるが,LRC群ではRRが有意に増加しており,V(dot)Tの低下を補うことで結果としてV(dot)Eが増加したと考えられる.V(dot)Eが増加することにより,V(dot)O2/BWは2条件間で有意差が認められなかったため,V(dot)E/V(dot)O2は増加し換気効率の悪化につながったと考えられる.また,LRC発生率とRPEは正の相関関係を認め,LRC発生率が高まるほどRPEも高まることが示された.また,呼吸困難感は本人の換気の欲求と実際の換気のアンバランスが原因で生じると考えられているため,本研究のように呼吸が頻回になる比率での走運動ではV(dot)T減少に伴い呼吸困難感の増大につながったと考えられる.【理学療法学研究としての意義】 換気が不安定である運動開始直後に2:1のLRC比率を用いることにより,呼吸が頻回になり呼吸困難感が増大した.呼吸困難感の軽減を目的とするLRCの利用に関して,基礎的知見を得ることができた.