主催: 日本理学療法士協会
【はじめに、目的】マウスピース装着によって身体能力が向上することが注目され、スポーツ科学領域で様々な研究が行われている。動的バランス制御では姿勢とマウスピース装着・咬合と関連があるというものと関連がないという報告があり、関連があるという報告ではマウスピース装着時の咬合で頭部の動きが小さくなり重心動揺が安定するといわれている。本研究の目的は、マウスピース装着時の咬合が動的バランス制御にどのような影響を与えているかを明らかにすることである。【方法】対象は健常成人12 名(男9 名)であり、平均年齢20.7 ± 1.3 歳であった。被験者には床反力計(MG-1060、アニマ社製)上に、両踵を接触させ足先を30 度開き、上肢を前胸部で組んだ閉眼状態で起立してもらった。被験者に告知することなしに側方から大転子部に外乱を加え、さらにその後も立位を保持させた。この間の重心動揺と身体の動き(頭頂部、胸骨切痕部、前上腸骨棘)を15 秒間計測した。身体の動きの計測には三次元動作分析装置(ローカス3DMA2000,アニマ社製)を用いた。外乱の加える方法として、天井から吊り下げた重錘5kg(直径28cmのメディシンボール)を左大転子へ側方から加わるようにし、外乱のエネルギー量が体重に対して一定なるように重錘の高さを調整した。また、重錘が衝突した際にLEDが点灯するような装置を大転子に取り付けた。立位状態を保持している場合の咬合状態は次の4 条件とした。(1)マウスピース非装着で咬合力0、(2)マウスピース装着で咬合力0、(3)マウスピース装着で咬合力は最大咬合力の25%(以下、咬合力25%)、(4)マウスピース装着で咬合力50%である。咬合力は圧センサーを用いた自作の咬合力計で測定(大臼歯で咬合)し、測定中はパソコン画面上で規定の咬合力を保っているかをモニターした。マウスピースは市販のもの(27HA-5900、ミズノ社製)を用い、マニュアルに従い各被験者にフィットするようにした。各咬合条件で10 回の計測を行い、外乱が加わる前3 秒間と直後3 秒間の重心動揺の総軌跡長と動揺速度を0.1 秒間隔で求めた。重心動揺速度の変化パターンのバラつきを検討するために、0.1 秒間の±SD(標準偏差)の大きさで囲まれる面積(SD面積)を求めた。身体測定では前額面での運動範囲と、前額面での頭頂部−胸骨切痕部と鉛直方向のなす角度(頭部の傾き)を求めた。これらの測定値を時間ごとに各咬合条件間で比較した(ANOVAと多重比較)。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】対象者には本研究の主旨および目的を口頭と書面にて説明し同意を得た。本研究は長崎大学医歯薬学総合研究科倫理委員会の承認を得て実施した。【結果】外乱後の重心動揺速度の経時的な変化パターンは、(1)ではバラつきが大きかったのに比べ、咬合条件(3)(4)では一定のパターンに収斂する傾向にあった。そこで、重心動揺速度の変化パターンのバラつきを示すSD面積を咬合条件間で比較した結果、SD面積の大きさは0.1 〜0.2 秒間と0.3 〜0.4 秒間において4 条件間で有意差を認め (p<0.02)、(1)65.3 ± 34.6>(2)49.2 ± 19.2>(4)46.9 ± 21.8>(3)44.29 ± 15.0{0.1 〜0.2 秒間の値で代表}であり、(1)と(4)、(1)と(3)で有意差が認められた(p=0.02, p=0.007)。(1)と(2)のp値は0.09 だった。0.2 〜0.3 秒間では有意差はなかったがp値は0.140 だった。頭部の傾きは、1.2 秒〜1.7 秒で4 条件間に有意差を認め、(1)にくらべ(4)が最も小さかった(p<0.05)。また0.8 秒〜1.2 秒でも有意差を認めないものの、(1)>(4)の傾向にあった(p<0.09)。【考察】SD面積はマウスピース装着だけでも小さくなり、さらに適度な咬合によって有意に小さくなった。つまり、マウスピース装着と適度な咬合によって重心動揺速度の変化パターンが一定のパターンに収斂していた。すなわち、マウスピース装着と適度な咬合は、外乱によって生じた重心動揺が大きく逸脱しないように姿勢制御に寄与していると思われる。このような重心動揺の変化の後に、頭部の傾きもマウスピース装着と適度な咬合で小さくなっており、動的バランス制御に関しては従来のものとは逆のメカニズムが働いていると思われた。【理学療法学研究としての意義】動的バランス制御は様々な動作遂行で極めて重要であるが、本研究では動的バランス制御にマウスピース装着と咬合の有効性および従来とは異なる制御方法が示唆された。このことは、動的バランスに影響するスポーツ科学や高齢者の転倒予防にも応用できると思われる。