抄録
【はじめに、目的】 人工膝関節置換術後の歩容について、これまで多くの報告がなされている。しかし、三次元動作解析装置や床反力計を用いた運動力学的な検討が中心であり、臨床で測定可能な施設は限られる。臨床の現場で使用可能なデジタルビデオカメラを用いた歩行分析も行われているが、歩容を定量的に評価する尺度は開発されていない。本研究では人工膝関節術後患者の歩容をデジタルビデオカメラ映像から定量化する臨床的評価尺度を作成し、その信頼性と基準関連妥当性を検証することを目的とした。【方法】 はじめに、人工膝関節置換術後患者の歩行に関する先行研究や他の評価尺度を参考に、人工膝関節置換術後のリハビリテーションに精通した理学療法士の意見を反映させ、評価項目や点数配分、撮影方法などを討議してpilot版の臨床的歩容評価尺度(Gait Rating Scale for Knee Arthroplasty:GRSKA)を作成した。その後当院に所属する理学療法士8名に評価表を配布し、文章表現や評価が困難な内容について聴取した。その内容を修正し暫定版GRSKAを完成させた。暫定版GRSKAは、歩行を前額面と矢状面から評価するものとし、全般的、時間的因子、上肢運動、頸部/体幹運動、下肢運動の5つの大項目を24の小項目に分けた。各項目を4段階で評定して点数が高いほど歩容が悪いことを示し、合計得点は0-72点を取るように設定した。 次に、歩容評価に用いる動画サンプル収集のため、当院にて人工膝関節置換術を施行した54名を対象に2台のデジタルビデオカメラによる歩行の動画撮影を行った。歩行課題は快適歩行による7m歩行路1往復とした。対象の包含基準は測定日の段階で歩行自立している者とした。除外基準は1)中枢神経系疾患及び重度の心疾患、呼吸器疾患を有するもの、2)認知力が低下し、意思疎通が困難な者、3)研究の同意が得られない者とした。妥当性の検討のため歩行効率の指標として、全対象に対し生理的コスト指数(Physiological Cost Index:PCI)を測定した。PCIは3分間歩行時の歩行速度と歩行前後の心拍数の変化量から算出した。また、退院後の対象に対しては活動レベルの指標としてJapan High Activity Arthroplasty Score(以下、JHAAS)を評価した。JHAASは身体活動を歩行、走行、階段昇降、余暇活動の4つのドメインに分け、自身が達成できる最も高いレベルの身体活動を回答させる自記式の質問表である。PCIとJHAASは歩行動画撮影の同日に評価を行った。データ解析は、動画サンプルに対する10名の検査者によるGRSKA評価データをもとに、検者間信頼性を検証した。検者内信頼性の検証には再テスト法を用い、1週間後にGRSKAを再評価して検証した。合計点数に対し、級内相関係数とBland-Altman分析を行い、各小項目に対しては重み付けKappa係数と一致率を算出した。基準関連妥当性の検証にはPCIとJHAASの総得点とGRSKAの総得点を、相関係数を用いて分析した。統計学的有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、研究者が所属する病院の倫理審査委員会の承認を得た(承認番号:第6号)。対象者には事前に研究の趣旨を説明し、同意を得た。【結果】 対象は男性11名、女性43名で、平均年齢は71.3±7.3歳、平均術後経過日数は244.5±205.8日であった。GRSKAの再評価における各項目の重み付けKappa係数は0.358-0.816(p<0.05)で一致率は平均71.6±9.3%であった。合計点に対する級内相関係数は検者内で0.910-0.983、検者間で0.654-0.865であり、Bland-Altman plotでは検者内の系統誤差は示さなかったが、検者間で比例誤差を認めた。相関分析の結果、GRSKAとPCI(r=0.461)並びにJHAAS(r=-0.601)の間に有意な相関を認めた。【考察】 今回作成した人工膝関節置換術後患者に対する臨床的歩容評価尺度は、再評価の信頼性と基準関連妥当性が示され、歩行効率と術後活動レベルを検討する上で、有用な評価尺度となり得る。しかし、特に検者間において評定の不一致や比例誤差が存在することから、判断基準を明確にする説明の追記や文章表現の変更などの修正が必要である。【理学療法学研究としての意義】 人工膝関節置換術後患者の歩行効率や術後活動レベルと関連する臨床的歩容評価尺度が実用的となれば、術後歩行の質的な要素を簡便に定量化して追跡することが可能であり、新たな側面から理学療法の治療効果を判断する有用な評価尺度となると考える。