抄録
【目的】運動イメージとは,過去の経験を短期記憶に移動させ,その記憶をより具体的に想起する心的行動を指し,感覚からのフィードバックを伴わない脳のトップダウン処理と解釈されている.運動イメージ中には,実際に運動した時と同等な運動関連領野に活動が得られる.また,運動イメージが皮質脊髄路の興奮性を高める(Kasai 1996)ことが報告されており,体性感覚や視覚といった感覚モダリティの影響を受けるといわれている.経頭蓋磁気刺激(TMS)による運動誘発電位(MEP)を用いた研究では,触覚刺激の入力により運動イメージ時における皮質脊髄路の興奮性が増大する(Mizuguchi 2011)ことが報告されている.また,身体の視覚入力がより皮質脊髄路の興奮性を高める(Ikeda 2012)といわれているが,対象物の視覚情報によって運動イメージにどのような影響を及ぼすかについての報告は少ない.今回,接触を想起する物体の視覚提示の有無が運動イメージに与える影響について,TMSによるMEPを用いて検討した.【方法】対象は,右利き健常成人9 名(男性3 名,女性6 名,年齢25.7 ± 3.6 歳)とした.被験者は,安楽な椅子座位で,両上肢は正面に設置したテーブル上に前腕回内位,手指軽度屈曲位とし,安静を保持するように指示した.課題は,表面素材の異なる4 種類の平面パネルを用いた.検者がパネルの中からランダムに1 つ選択し,被験者に提示した後,指腹でパネルに触れた時に得られる感覚と,右中指を内外転させながら触れている時の運動イメージを想起させた.条件は,被験者が提示されたパネルを注視しながらイメージした条件(条件A)と,パネルを被験者に提示し,被験者が確認後にパネルを取り除いた状態でイメージした条件(条件B)の2 条件に設定した.また課題中は,被験者からは右手が見えないように台を設置して実施した.TMSは,各課題において磁気刺激装置(日本光電;SMN-1200)と8 の字平型コイルを用い,MEPは誘発電位・筋電図検査装置(日本光電;Neuropack MEB-9400)にて,右第1 背側骨間筋から記録した.筋放電がないことをモニターにて確認後,運動イメージを開始するための言語教示から約2 秒後に左一次運動野の手指領域の直上を刺激し測定した.刺激部位は,被験者のMRI画像より脳表3 次元画像を作成し,光学系ナビゲーションシステム(Rouge Resarch Inc; Brainsight2)を用いて,解剖学的に正確に決定した.刺激強度は,安静時運動閾値の110%とし,安静時及び各課題中のMEPを10〜15回ずつ測定し,MEPの振幅値をもとに安静時に対する各課題時のMEP振幅比を算出した.統計学的処理は,各条件のMEP振幅比の値を対応のあるt検定を用いて比較し,有意水準を5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は,村田病院臨床研究倫理審査委員会の承認を得て,被験者に十分な説明を実施し,同意書にて同意の得られた被験者に実験を行った.【結果】MEP振幅比は,条件A:2.3 ± 0.7,条件B:1.7 ± 0.8 であった.条件AにおけるMEP振幅比は,条件Bに比較して有意に高い値を示した(p<0.001).【考察】今回,想起する運動イメージに含まれる対象物の視覚情報が提示された条件Aにおいて,MEP振幅比が高い値を示した.運動イメージを想起する際,条件A,B を比較して対象物の視覚入力によって皮質脊髄路の興奮性が高まることが示唆された.本研究の結果から,対象物の視覚情報が入力されることにより,短期記憶の負荷を軽減させた状態で運動イメージが想起された結果, M1 の神経活動動態にも影響を及ぼしたと考えられた.運動イメージが運動麻痺の改善を目的に臨床でも用いられており,視覚情報を考慮した運動イメージの導入方法を検討する上で一助となる可能性が示唆された.【理学療法学研究としての意義】本研究において,対象物の視覚情報の入力が,運動イメージ時の皮質脊髄路の興奮性を高めることが示唆され,より効率的に運動イメージをさせる検討をする上で基礎的な指標となる.対象物の視覚情報の入力は短期記憶の負荷を軽減させ,運動イメージをより想起しやすい状態となる可能性が考えられ,臨床においてより有用であると考えられる.