抄録
【目的】 動脈硬化は動脈壁の肥厚,動脈径の拡大が生じ,心臓疾患や脳血管障害を引き起こす.さらに近年,血管が破裂する脳出血型から血管の硬度が増し,血管内に塞栓が生じる脳梗塞型の障害が著しく増加しており,患者は急性期・回復,そして維持期においてなお,血管機能の管理が必要である.加齢と伴に血圧と血管壁張力が増加し伸展性を失い,末梢血管抵抗が増加した状態で脈波伝播速度(pulse wave velocity:PWV)は速くなる.足関節上腕血圧比(Ankle Brachial Index:ABI)は血管の閉塞,狭窄の程度を測定できる.皮下への局所寒冷曝露後,足関節局所運動を行った場合,PWVへ急性効果を与えるという報告がされている.またPWVを測定することは生活習慣病の予防にも繋がるということも分かっている.本研究の目的は局所寒冷曝露後に数種類の足関節局所運動を行い,さらに足関節への低強度の局所運動によるPWVの変化を明らかにし,どの運動が最も改善させるのかを検討する.【方法】 研究への参加基準は循環器系疾患の既往のない男性とした.参加者はソーシャルメディアによる研究参加の呼びかけに応じた大学生,健常成人男性35名,平均年齢21±0.6(歳),平均身長171±12(cm),平均体重68±23(kg),平均BMI23±2.8(kg/m2)であった.アウトカムは効果量として,局所寒冷曝露後と運動療法終了後の橈骨-足背動脈脈波伝播速度(baPWV)の変化量とした.最も効果量が大きい条件を検討した.測定機器は日本コーリン社製form PWV/ABIを使用し,baPWVとABIを測定した.さらに,脈拍,血圧を測定した.局所寒冷曝露は座位にて参加者の両足部をおよそ膝下5cmまで氷水に浸させ,5度で3分間行った.局所寒冷直後のbaPWV等を測定し,各条件群の運動を実施したのち,再びbaPWV等を測定した.条件群は底背屈群8名,内外転群9名,内返し外返し群5名,重錘負荷バンド底背屈群(抵抗群)8名,安静を保ったままのコントロール群5名に割り付けた.運動は1分間60回に設定したメトロノームに合わせて動作をさせた.抵抗の設定は参加者に足関節底背屈運動を最大関節可動域で行わせたときの10RMの10%に設定した.漸増的に500gの抵抗を加えた.統計解析はR(version2.8.1)を用いて,対応のあるt検定を行った.【倫理的配慮、説明と同意】 参加者はヘルシンキ宣言に従って,書面及び口頭にて研究の目的と内容を説明し,研究参加の同意を得た.【結果】 baPWVの変化量(平均値)が最も大きかったものは右側(利き足)では内返し外返し群の99(cm/s),P=0.03.次いで,底背屈群で92(cm/s),P=0.04,抵抗群で69(cm/s),P=0.042.内外転群では-10(cm/s)であった.コントロール群は34(cm/s),P=0.043であった. 左側(非利き足)では内返し外返し群で109(cm/s),P=0.03.抵抗群では90(cm/s),P=0.009.底背屈群で61.5(cm/s),P=0.04.内外転群で7 (cm/s),コントロール群は58(cm/s),P=0.35であった. ABIはコントロール群を含め,すべての条件において,局所寒冷曝露後と運動療法終了後の値に有意な差を認めなかった.【考察】 baPWVの内返し外返し群の効果量が最も大きかった理由として,血管に対する搾乳効果(ミルキング作用)に差が生じたのではないかと考えられる.すなわち局所寒冷曝露により自律神経反射が生じるが,それは血管中膜においてのみ自律神経支配を受けているため,その影響は中膜のみに及ぶ.一方,血管内膜は自律神経支配を受けず,血管内皮細胞のずり応力の変化が拡張性を決定している.そのため,多くの筋が同時に収縮することは,血管内圧を高めてずり応力を増大させる可能性が考えられる.したがって,血管内圧を高める作用をもたらすような複合関節運動は血流圧が一定の場合,ずり応力を増大させ血管内皮細胞から血流依存性血管拡張物質である一酸化窒素をより多く放出させるため,血管内膜が拡張しやすくなることが考えられる. ABIは収縮期血圧の変化や血管の狭窄を示すが,本研究の参加者においては狭窄例が存在しなかったと考えられ,局所寒冷曝露を行っても狭窄の影響を示すようなABIの変化はみられなかった. ずり応力を増大させる血管内圧を高める作用は内返し外返し運動のような複合関節に比べ,単関節運動では動員される筋が少ないため,血管に対する搾乳効果(ミルキング作用)が少なくなるのではないかと推測される. しかし,本研究では筋活動量の計測や超音波画像などによる構造変化を実際に観察していないため,これらの検証については,なお検討が必要である.【理学療法学研究としての意義】 血管機能の管理が必要な症例が増える中で脈波伝播速度の改善効果を示す運動条件を探ることは,有効な理学療法の開発に繋がり,このような手続きで行う研究はさらに適切な運動を見つける上で有用性がある.