抄録
【はじめに、目的】今回,脳卒中の既往がある症例を含めた中大脳動脈(以下,MCA)領域脳梗塞患者を対象に,当院開始時所見から退院時の歩行自立可否が予測可能かどうか検討したので報告する.【方法】2008年7月~2011年12月までに当院脳卒中に入院し,MCA領域脳梗塞と診断され,リハビリテーションを施行した748例を対象とした.このうち,入院中死亡27例,発症から入院までの期間が1週間以上経過していた10例,一側病変以外49例,mRS3~5の103例,MCA領域以外の脳梗塞があった29例,開始時より歩行FIM6点以上でADLが自立していた174例,再発例やFIM低下をきたすほどの進行例4例,データ欠損があった3例を除外した349例を対象とした.まず,当院退院時の歩行自立群と非自立群の二群に分類し,名義尺度はカイ二乗独立性の検定,その他はShapiro-Wilk検定にてどれも正規分布ではなかったため,Mann-Whitneyの検定を用い,開始時所見を比較した.次に,二群間比較にて有意差を認めた項目を説明変数とし,当院退院時歩行自立可否を目的変数として,ロジスティック回帰分析を行った.ただし,投入する説明変数は,多重共線性を考慮し,相関行列にて説明変数間同士で0.6~0.8以上の高相関を認めた項目について選別を行った.最後に,ロジスティック回帰分析の結果より得られた予測式を用いて,2012年1月~6月までに退院した症例を本研究と同様の方法で絞り(98例),感度,特異度,正診率,陽性適中率,陰性適中率を求める方法で,予測精度の検討を行った.なお,統計解析にはSPSS(Student Version19)を用い,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は,『ヘルシンキ宣言』あるいは『臨床研究に関する倫理指針』に従い,当院臨床研究審査委員会の承認を得て実施した.【結果】二群間比較にて脳卒中既往有無がp<0.05,リハ進行阻害因子有無,初回15秒間端座位保持可否,年齢,USN有無,pushing有無,JCS,上肢・手指・下肢BRS,JSS,NIHSS,m-FIM,c-FIM,Total FIMがいずれもp<0.01で有意差を認めた.これらの相関行列の結果より,ロジスティック回帰分析は,下肢BRS,JSS,c-FIM,USN有無(無=0,有=1),pushing有無(無=0,有=1),年齢,脳卒中既往有無(無=0,有=1),リハ進行阻害因子有無(無=0,有=1),初回15秒間端座位保持可否(可能=0,不可能=1)の9項目を説明変数,当院退院時歩行自立可否(非自立=0,自立=1)を目的変数とした.投入した変数のうち,下肢BRS(偏回帰係数0.821,p<0.01,オッズ比:2.273,95%信頼区間:1.767-2.922),JSS(偏回帰係数-1.110,p<0.05,オッズ比:0.895,95%信頼区間:0.818-0.980),年齢(偏回帰係数-0.054,p<0.01,オッズ比:0.948,95%信頼区間:0.920-0.976),c-FIM(偏回帰係数0.067,p<0.05,オッズ比:1.069,95%信頼区間:1.015-1.126),脳卒中の既往有無(偏回帰係数-0.793,p<0.05,オッズ比:0.453,95%信頼区間:0.220-0.929)が予測因子として採択された.予測式はscore=-1.768+0.821×開始時下肢BRS+(-0.110)×開始時JSS+(-0.054)×年齢+0.067×開始時c-FIM+(-0.793)×脳卒中の既往となった.モデルχ2値はp<0.01と有意で,HosmrとLemeshowの検定はp>0.05と適合性は高く,判別的中率は80.6%と高かった.また,2012年退院患者での精度の検討では,感度95%,特異度77%,正診率87%,陽性適中率84%,陰性適中率92%であった.【考察】今回,脳卒中の既往がある症例を含めたMCA領域脳梗塞患者を対象に,当院開始時所見から退院時の歩行自立可否が予測可能か検討した結果,下肢BRS,JSS,年齢,c-FIM,脳卒中の既往有無が予測因子として採択された.また,予測式の精度の検討では,感度,特異度,正診率,陽性適中率,陰性適中率はいずれも高値を示し,精度としては良好であった.この要因としては,過去にも報告されている項目の中でも,身体予備能を反映する年齢・脳卒中の既往有無,意識障害の配点に重みをおき,意識変動の顕著な急性期に鋭敏に重症度を反映するJSS,さらに歩行に不可欠な下肢~体幹運動麻痺の程度を反映する下肢BRS,自立に必要なこれらの不足分を補う認知機能評価であるc-FIMが用いられていたことが考えられる.【理学療法学研究としての意義】これまで,脳卒中既往の有無が予後に影響を与えるということは多数報告されているが,対象が不明であるものが多く,統計学的にも適切な結果を記述しているものは少ない.脳卒中ガイドライン2009においても,予後予測の論文は多数あるが,提示された予測率はあまり高くなく,検証群を用いた予測精度の検討が少ない.また,予測に用いる変数の信頼性が不十分であること等が課題として挙げられていた.今回,これらを踏まえて,脳卒中の既往がある症例も含めたMCA領域脳梗塞患者の退院時歩行予後を再度検討した.その結果,予後予測に脳卒中の既往有無を含めることが,発症早期の予後予測精度を高くする可能があることを示唆した.