抄録
【はじめに、目的】ヒトの歩行運動中、低強度の足部皮膚神経刺激により、非刺激側下肢において、障害物接触時の修正反応に類似した運動応答ならびに筋電図応答が観察されることが報告されている (Haridas and Zehr 2003)。しかしながら、歩行中における足部皮膚神経入力が対側下肢筋の筋伸張反射経路の興奮性調節に及ぼす影響は明らかになっていない。Pierrot-Deseilligny et al. (1973) やDelwaide et al. (1981) は、安静時あるいはヒラメ筋の随意収縮中に、足部皮膚神経刺激により、対側のヒラメ筋H反射の振幅が増大することを報告しているが、歩行時における交叉性効果の動態や機能的意義、関与する神経機構については不明な点が多い。我々は、歩行中および立位において、足部皮膚神経刺激が対側のヒラメ筋のH反射に及ぼす影響を比較検討した。【方法】健常成人12 名(男性7 名、女性5 名、平均年齢27 歳)を対象とした。右脚のヒラメ筋の表面筋電図(EMG)を双極導出法により記録した。左右足底の踵部に感圧抵抗センサーを貼付し、踵接地を同定した。試験刺激として、右の後脛骨神経(膝窩部)に電気刺激(矩形波、幅1 ms、単発)を行い、ヒラメ筋H反射を誘発した。試験刺激強度は、誘発される対照H反射の振幅が最大M波振幅の10 〜30%となるように調節した。条件刺激として、試験刺激に先行して、左足関節部の浅腓骨神経(SPN)に電気刺激(矩形波、幅1 ms、5 連発、パルス間3 ms)を行った。条件刺激強度は、対側のヒラメ筋のEMGに反応が生じる閾値強度(知覚閾値の1.6 〜2.4 倍)に設定した。条件刺激‐試験刺激間隔は、立位において、H反射の促通が最大となる間隔を対象者ごとに選択した(100 〜130 ms)。運動課題は、トレッドミル歩行ならびに立位でのヒラメ筋の等尺性収縮課題とした。歩行課題では、快適速度(約4 km/h)でのトレッドミル歩行を実施し、踵センサーを用いて右立脚相初期にヒラメ筋のH反射を誘発した。立位課題では、両脚立位において、歩行立脚相初期のヒラメ筋の背景EMG量と同レベルのEMGを持続的に発揮するように求めた(最大随意収縮時筋電図量の約10%)。ヒラメ筋H反射のピーク間振幅ならびにヒラメ筋加算平均EMGの平均振幅を、SPN刺激の有無および課題間で比較した。【倫理的配慮、説明と同意】ヘルシンキ宣言に基づき、千葉大学教育学部倫理委員会の承認を得て、全ての対象者に対して、十分な説明を行い、書面で同意を得た上で、本研究を実施した。【結果】立位において、SPN刺激により、対側のヒラメ筋H反射の振幅は対照H反射の平均120%に増加した(P<0.01)。一方、歩行立脚相初期でSPNを刺激した場合、対側のヒラメ筋H反射の振幅は対照H反射の平均90%に減少した(P<0.05)。立位課題と歩行課題間における対側のヒラメ筋H反射に対するSPNの条件刺激効果の違いは、統計学的に有意であった(P<0.001)。どちらの課題においても、SPN刺激により対側のヒラメ筋のon-going EMGに顕著な変化は生じず、SPN刺激を基準とした全波整流後加算平均EMGの平均振幅には各課題間で有意差を認めなかった。【考察】低強度のSPN刺激により、対側のヒラメ筋H反射に対して、立位におけるヒラメ筋の随意収縮中と歩行中とでは異なる交叉性効果をもたらすことが明らかとなった。SPN刺激単独では、対側のヒラメ筋のon-going EMGに顕著な反応が生じなかったことから、ヒラメ筋のα運動ニューロンプールの興奮性は変化しなかったと考えられた。つまり、今回明らかにしたヒラメ筋H反射経路に対する交叉性効果は、group Ia線維終末部におけるシナプス前抑制を介したものであると推測された。皮膚刺激と対側の足関節底屈筋の伸張反射経路の興奮性減弱は、足部と障害物との接触時の緩衝作用による身体の安定化あるいは身体の円滑な推進に貢献することが考えられた。【理学療法学研究としての意義】歩行中に障害物につまずいた場合、身体平衡を補償する機構は、転倒を予防する上で重要である。我々が明らかにした足部皮膚感覚情報に由来する対側肢の筋伸張反射の制御機序は、筋伸張反射の亢進した痙性麻痺患者において、転倒予防に向けた歩行トレーニング手法の開発に有用な知見となる。