抄録
【はじめに、目的】 全ての臨床実習が終了した時点の4年生45名の学生に「これまでの臨床実習を振りかえって、事前情報、理学療法評価、理学療法介入、ゴール設定のうち、最も抜けていたと思うところはどこですか」と問い、挙手を求めた。結果は事前情報21名、理学療法評価18名、理学療法介入1名、ゴール設定3名、無挙手2名であった。 本研究の目的は、全ての実習を終了した時点の学生が、理学療法士の技術の見せどころである理学療法介入や理学療法士の論理的思考の見せどころであるゴール設定ではなく、導入箇所である事前情報が最も抜けていたと、なぜ感じたのかを明らかにすることである。 今回の実習で学生が経験した対象患者の年齢構成は、65歳以上の高齢者が7割弱、10歳以下の子どもを加えると7割以上が、ケアが必要な人々、あるいは近い将来ケアが必要になる人々であった。【方法】対象 某大学での学内総合臨床実習後期セミナー終了時点の4年生45名である。方法 実習後の反省会であるセミナーで用いたA3用紙の45枚のレジュメを精査し、“臨床実習の手引き”の“実習レポートの書き方(以下、書き方)”の9個の大項目別に、レジュメの特徴を整理し、検討した。 本研究では、レジュメを研究材料として用いた。理由は、数十ページに及ぶ症例記録をわずかA3用紙1枚のレジュメに凝縮する過程で、まとめる者の視点、つまり学生自身が何を重要と認識しているのかが、この1枚のレジュメに無意識に表れていると考えたからである。【倫理的配慮、説明と同意】 本論の全文を学生に示し、学会発表への同意を書面で得た。【結果】 レジュメの特徴について、9個の大項目別に記述した。(1)緒言:緒言を記述していない者が20名、「・・・を目的とした理学療法を行った」などと記述し、経験症例を報告した理由や着目点を述べていない者が15名いた。(2)症例紹介:社会的情報である家族の意向を記述していた者は9名、その他在宅復帰の可否やケアの質を左右する嫁姑関係などの家族システムを記述している者はいなかった。(3)検査測定:全員が9項目の中で最も多くの紙面(約半分)を使って記述していた。(4)統合と解釈:ICIDHとICFに従って問題点をあげていたが、問題点が抽出された理由、目標を設定した理由を説明している者はいなかった。(5)目標設定:40名が短期目標、長期目標の順で記述し、1名が長期目標、短期目標の順で記述していた。(6)理学療法プログラム:15名はプログラムを時系図で表し、他の者は項目を羅列していた。(7)経過:38名が初期評価と最終評価を並べて記述していたが、経過は述べていなかった。患者の行動変化を経時的に記述している者が6名いたが、患者や家族の言葉を記述している者は1名であった。(8)最終評価:全員関節可動域、筋力、ADLなど客観性の強い項目は記述していたが、意欲や不安など患者の主観的な様態を記述している者はいなかった。(9)考察:主に介入前後での関節可動域、筋力、姿勢や歩容などの変化について論じ、ここでも問題点が抽出された理由、目標が設定された理由を明確に説明している者はわずかであった。【考察】 今回の対象患者の7割以上が、理学療法後も誰かのケアが必要な人々、ケアが必要になる人々である。しかし、学生の関心は、理学療法評価や介入に向かい、患者や家族の意思、家族システムには向かっていなかった。家族の誰かが障害をもつと、家族システムは今まで通りでありえることはできない。もし学生が事前情報や理学療法評価をしっかり統合し解釈していたならば、問題点が抽出された理由、目標が設定された理由が、レジュメに述べられていたはずである。そして、患者や家族の意思、家族システムを理解する必要性に気づき、再度、情報を収集していただろう。 人は「生きがい」がなければがんばれない。精神科医の島崎敏樹は、「生きがい」には「居がい」と「行きがい」の二つの条件が必要であるという。生活の基盤である“居るべきところ”を奪われると、明日の希望である“行くべきところ”は見えなくなり、生きがいを持って生活することはできない。 本研究のリサーチクエッションは、全ての実習を終了した時点の学生が、事前情報が抜けていたと、なぜ感じたのかであった。理学療法評価や介入に意識がとらわれ、理学療法という森の中をさまよっていた学生が、“居るべきところ”と“行くべきところ”が揺らいでいる患者の心と家族システムの揺らぎにうすうす気づき始めた姿が、このリサーチクエッション答えだろう。【理学療法学研究としての意義】 1枚のレジュメから分析するこの新規なアプローチを通して、学生が実習で見落とす大切なこと実習で気づく大切なことを提示できたと思う。