抄録
【はじめに、目的】理学療法部門ではトレーニング室歩行は自立しても、病棟では監視歩行や車椅子移動をしているなど、「歩行能力(できる歩行)」と「歩行の実行状況(している歩行)」の乖離が解消されない症例をしばしば経験する。しかし歩行能力と歩行の実行状況の乖離の実態を明らかにした報告はない。そこで本研究では、当センター回復期病棟に転科してから退院するまでの歩行能力と歩行の実行状況の乖離の実態を明らかにし、さらに乖離の解消に関与する因子を検討することを目的とした。【方法】データの収集方法について、当センターの回復期リハビリテーション病棟患者データベースと診療記録を基に後方視的に調査を行なった。被験者情報及び検査、測定項目について、a.基本属性:年齢、性別、診断名、麻痺側、在院日数、b.機能障害の有無:意識障害、見当識障害、感覚障害、失語症、半側空間無視、注意障害、構成障害、失行などの有無、c.歩行動作能力:10m最大歩行時間、体幹・下肢運動年齢(MOA)、d.認知機能:Functional Independence Measure (FIM)認知項目、e.ADL能力: FIM運動項目を収集した。なお、各データは転科時から退院まで1ヶ月ごとに収集する。退院時までに歩行能力が自立レベルとなった症例を抽出し、病棟での歩行の実行状況が自立か非自立かの2群に分け、前者を乖離なし群、後者を乖離あり群とした。なお、自立か非自立の判定は当センター回復期リハビリテーション総合実施計画書より引用した。統計処理は、歩行能力と歩行の実行状況の乖離の有無を目的変数とし、乖離に影響していると考えられる基本属性、個別属性、歩行能力、バランス能力、ADL能力を説明変数として統計学的解析を行ない、有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】当センターでは入院する際に、患者本人もしくは家族に、各種検査データを含む個人情報を研究に用いることについて確認し、承諾を得ている。承諾書に署名を得ていることを確認した後、研究対象に含めた。なお、本研究で利用するデータは個人が特定できないよう配慮した。【結果】全208例中113例(54%)が退院時までに歩行能力が自立レベルに到達したが、そのうち22例(19%)が病棟では非自立であり、歩行能力と実行状況で乖離が見られた。乖離なし群(n=91)と乖離あり群(n=22)において、平均年齢が乖離なし群では60.5歳、乖離あり群では71.1歳と乖離あり群で有意に高かった(p<0.01)。機能障害の有無について、両群で有意差は認められなかった。FIMについて、表出を除く全ての項目で乖離なし群で有意に高得点であった。また、乖離なし群と乖離あり群でそれぞれの転科時および退院時の各得点を比較したところ、乖離なし群ではすべての項目で有意な得点増加が認められた(p<0.001)。乖離あり群では排尿コントロール、表出、社会的交流、問題解決、記憶の項目で有意な得点増加は見られなかった。10m最大歩行速度、MOAでは、両群ともに転科時と退院時で有意に改善が見られたが、乖離あり群に比べ乖離なし群では有意に歩行速度が速く(p<0.001)、MOAも高得点であった(p<0.001)。【考察】若年であるほど歩行能力と歩行の実行状況の乖離が解消する傾向があることが示唆された。しかし機能障害の有無については両群で有意差はなく、身体機能としては乖離の有無に大きな影響は与えないことが考えられる。また、10m最大歩行速度とMOAについては乖離なし群のほうが有意に改善していた。しかし、解離あり群の最大歩行速度は平均60m/min、MOAは平均42.5ヶ月であり、先行研究で示されている屋外歩行自立の目安である最大歩行速度40m/min、屋内歩行自立の目安であるMOA25ヶ月を上回っている。以上のことから、解離あり群でも病棟内歩行自立は可能な水準に到達していると考えられる。一方FIMでは、乖離あり群では退院時点でも転科時と比べ認知項目の得点増加が小さく、退院時点で比較しても解離なし群と比べ有意に得点は低かった。認知機能が改善するか否かが、脳卒中患者の歩行能力と実行状況の解離に関与していることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】回復期病棟に転科してから退院するまでの「できる歩行(歩行能力)」と「している歩行(実行状況)」の乖離の経過を追うことで乖離の実態を明らかにし、さらに乖離の解消に関与する因子を検討することで、脳卒中回復期病棟入院患者における歩行能力と実行状況の乖離の解消のための資料とする。