抄録
【はじめに、目的】 重症患者の予後として,ARDSは治療が困難で予後が悪く,死亡率は約30%から60%との報告がある.また,敗血症における致命率は,3%から43%と報告されている.生命転帰以外では,知的障害や精神的障害を合併すること,critical illness neuromyopathyやICU-acquired weaknessやといった運動機能の低下が生じるなどの報告がある.ADLに関する報告は,渉猟しえる限りでは見当たらない. そこで,本研究の目的は,当院ICUにおいて呼吸理学療法を実施した症例の呼吸機能と生化学データおよびADLについて調査することである.【方法】 2012年1月から10月までの期間中に,当院ICU入室中に呼吸理学療法を施行した症例の診療録を後方視的に調査した.期間中に,呼吸理学療法の指示がでた症例は11例であった.性別は,男性7例,女性4例であった.平均年齢は71歳(52~86歳)であった. 調査項目はICU在室日数,ICU入室から理学療法開始までの日数,人工呼吸器開始後28日間のうち人工呼吸器を装着していない日数であるventilator free day (VFD),酸素化能としてP/F ratio,生化学データ,生存率,ADL能力としてFIMを調査した.なお,P/F ratio,生化学データは理学療法開始時の値とした.生化学データはCRP,推定糸球体濾過量(eGFR),クレアチニン(Cr),尿素窒素(BUN),アルブミン(Alb),総蛋白(TP),D-Dダイマーについて調査した.FIMは,退院時の点数について調査した. 呼吸理学療法としては,腹臥位,前傾側臥位,側臥位などを中心とした体位管理,スクィージングなどによる気道クリアランスの確保,安静度にあわせ可能な限りの離床を中心に実施した.【倫理的配慮、説明と同意】 当院の個人情報保護法対策委員会の規程に基づき調査を実施した.また,入院時に個人情報の利用に同意を得られた場合のみ,データを抽出した.【結果】 ICU在室日数は,平均22日であった.入室理由としては,術後管理,敗血症,急性呼吸不全などであった.ICU入室から理学療法開始までの日数は,平均2.5±2.5日であった.人工呼吸器使用患者は11名中9名で,VDFは16日であった.P/F ratioは,176.6±60.5であった.生化学データでは,CRPは16.1±8.7,eGFRは63.2±42.7,Crは1.3±1.2,BUNは29.1±19.1,Albは2.7±0.5,TPは5.6±0.7,D-Dダイマーは7.6±5.0であった.11名中5名が死亡退院となり,生存率は55%であった. 生化学データを生存例と死亡例に分けて検討すると,CRPは生存例13.2±6.9,死亡例19.5±10.2,eGFRは生存例78.1±44.9,死亡例45.4±36.2,Crは生存例0.8±0.3,死亡例2.1±1.5,BUNは生存例25.0±15.3,死亡例34.0±15.3,Albは生存例2.7±0.4,死亡例2.7±0.7,TPは生存例5.2±0.7,死亡例6.0±0.6,D-Dダイマーは生存例8.5±4.5,死亡例6.6±5.7であった. FIMは,運動項目は41.8±25.1点,認知項目21.7±16.3点で,合計は63.5±34.9点であった.【考察】 集中治療における理学療法の意義としては,呼吸器合併症の予防を目的とした体位管理と排痰や早期離床の促進が挙げられる.千葉県におけるALI/ARDSに関する疫学調査(織田ら:日救急医会誌,2007)では,ICU滞在日数が18.8±9.6日,VFDが12.1±10.6日であったと報告している. 本研究の対象者においては,酸素化能のみではあるがALI/ARDSの基準に合致する重症症例ではあるが,ICU入室後早期より理学療法を開始することにより,早期に人工呼吸器からの離脱が可能となったと考える.生化学データより,死亡例では炎症反応が強く,腎機能が低下していることが示された.手術侵襲や感染などは,全身性炎症反応症候群に関与しており,死因に関与していることが考えられる. 退院時のFIMは,63.5±34.9点と低値であった.【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果に限局すれば,腎機能が低下.炎症反応が強い症例では死亡につながる可能性が示唆された.ICU入室後に早期に理学療法を実施することは人工呼吸器からの離脱に有効であると考えられる.このことは,重症患者に対する理学療法において,意義深い示唆であると考えられる.