抄録
【目的】ARDS(急性呼吸窮迫症候群)は急性に発症した低酸素血症且つ両側性の肺浸潤影を認める重度の呼吸不全状態であるが、様々な集学的治療及び人工呼吸器管理を実施しても死亡率は依然30~40%と予後不良の病態でもある。近年呼吸リハビリテーション(呼吸リハ)は人工呼吸器管理下症例など、より早期・急性期から開始することによる効果が注目されているが、予後不良な病態であるARDSに対しての呼吸リハの成績に関してはまだ一定の見解はない。そこで今回は当院ICUにてARDSにより人工呼吸器管理となった症例の転帰及び呼吸リハの成績を検討した。【方法】研究方法は電子カルテを活用した後方視的研究とした。研究期間は2010年10月から2012年9月。対象はこの間に当院ICUにて人工呼吸器管理となり呼吸リハを行ったARDS症例のうち、入院前歩行可能であった36症例(男性28名、女性8名、平均年齢69.7±11.6歳)。主病変は肺内17例、肺外19例。なお、ARDSの診断基準は日本呼吸器学会のARDS診療ガイドライン第2版(2010年)に準じた。(1)対象36名を、生存群と死亡群の2群に分類し、二群間の年齢・PF ratio・Hb・Cre・Alb・APACH2スコアを比較検討した。APACH2スコアは人工呼吸器装着直後の値を参考とした。また、(2)ARDS生存群の年齢・入院期間・退院時のFIMスコアを同じ研究期間に呼吸器内科一般病棟に入院し呼吸リハを行った一般病棟リハ群(74例)と比較検討した。統計にはPCソフトのstatsel2を用い、危険率5%以下を有意水準とした。【倫理的配慮、説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に沿った研究であり、対象者への説明と同意に基づきリハビリテーションを実施し、当院倫理規定に基づき個人情報データを取り扱った。【結果】生存群は23名、死亡群は13名であり、全対象の死亡率は36.1%であった。(1)生存群・死亡群間の年齢・PF ratio・Hb・Cre・Alb・APACH2スコアを比較検討したところ、年齢に関しては生存群の方が有意に若く(66±12.7歳 vs 75.9±8.1歳、p<0.05)、APACH2スコアに関しても生存群の方が有意に低値を示した(23.5±5.6 vs 28.1±4.6、p<0.05)。PF ratio(139.5±37.3 vs 133.7±38.1)・Hb・Cre・Albの値では有意差はみられなかった。(2)ARDS生存群と一般病棟リハ群の年齢・入院期間・退院時のFIMスコアを比較検討したところ、年齢はARDS生存群が有意に若く(64.9±12.0歳 vs 74.9±12.9歳、p<0.01)、入院期間はARDS生存群が有意に長期に渡っていた(71.6±47.8日 vs 24.0±19.2日、p<0.01)。退院時のFIMスコアに関しては両群間に有意差はみられなかった(70.4±44.1 vs 75.2±37.2)。ARDS生存群23名のうち、歩行可能となったのは15名、ベッド上のADLレベルに留まった者は8名であった。【考察】当院ICUでの人工呼吸器装着下ARDS症例の転帰及び呼吸リハ成績について検討した。諸家の報告と違わず、我々の施設でも死亡率は36.1%と依然高く、有効な治療法がきわめて限られている現状が伺えた。ARDS発症後の生存群と死亡群で比較したところ、酸素化の指標として考えられるPF ratioやHb・Cre・Albでは両群間で有意差がなかったが、年齢と、病態の総合的な重症度を評価するとされるAPACH2スコアにおいては死亡群で有意に高値となっていた。ARDSは肺病変のみならず、敗血症や多臓器不全を呈することが多く、全身状態(=APACH2)や、病態や集中治療に耐えうるかどうか(=年齢)を初期の段階から評価しリハ内容に反映させていく必要性が示唆された。また、ARDS後集中治療を乗り越えた生存例においても、一般病棟リハ群と比較して年齢層が若いにもかかわらず、治療・リハのために長期の入院期間を有しており、長期間リハを実施することでFIMスコアがようやく一般病棟リハ群と同程度まで回復している現状が伺えた。ARDS症例は死亡率も高く救命も時として困難な場合も見受けられるが、集中治療を脱した後のADL回復をより高めるために、より急性期から介入するリハ手段(頻度・運動強度等)を検討することも重要かと考える。【理学療法学研究としての意義】ARDSガイドラインによれば、ARDSに対しての呼吸リハは体位変換と体位ドレナージ以外は積極的に推奨されていない。しかし今回の結果からARDS生存例においては重篤なADL障害を生じ、その回復にも長期間必要であることが示唆され、より早期からの呼吸リハ介入の重要性と共に、そのリハ手段の更なる検討も今後必要ではないかと考える。