抄録
【はじめに、目的】入浴は日常生活に欠かせない基本的な日常動作の一つである.しかし,入浴動作の中でも浴槽またぎ動作は難しく,何らかの介助が必要である場合が多い.そのため,個別に具体的な指導をしていく必要がある.浴槽またぎ動作は浴槽の高さや下肢筋力に影響を受けることが考えられる.そこで,高さの違いによる下肢筋活動量の違いを明らかにすることで,浴槽またぎ動作(以下,側方またぎ動作)の指導方法の一つの指標を得られるのではないかと考えた.本研究の目的は,立位にて浴槽を想定した障害物の高さの違いによる側方またぎ動作時の下肢筋活動の違いを明らかにすることとした.【方法】対象は愁訴ならびに身体所見に異常がない健常学生17 名(平均年齢21.7 歳)とした.対象者の転子果長(以下,TMD)の50%(以下,a),60%(以下,b),70%(以下,c)の3 条件下で浴槽を想定した障害物の高さを設定し,立位にて右方向に側方またぎ動作を行った.障害物は高さを調節可能なノブ式ジャッキに幅10cm,長さ150cmの棒を取り付け設定した.側方またぎ動作を4 相に分類し,第1 相は右下肢離地〜最大挙上まで,第2 相は右下肢最大挙上〜またぎ後右下肢接地まで,第3 相:左下肢離地〜最大挙上まで,第4 相:左下肢最大挙上〜またぎ後左下肢接地までとした.両側の中殿筋,大腿直筋,内側広筋,外側広筋,大腿二頭筋,前脛骨筋,腓腹筋内側頭の筋活動(最大随意収縮に対する割合:%MVC)を筋電計MYOSYSTEM1200(ノラクソン社製)で測定した.分析は各相において浴槽を想定した異なる高さの3 条件の側方またぎ動作時の下肢筋活動量を比較した.統計処理は繰り返しのない二元配置分散分析,Tukey-Kramer検定を行った.【倫理的配慮、説明と同意】全ての対象者には研究の趣旨,方法,リスクを説明し書面にて研究協力の同意を得た.【結果】各相における下肢筋活動量(%MVC)は,第1 相では左中殿筋はa:30.7 とb:36.0,a:30.7 とc:37.9,左大腿直筋はa:3.9とb:5.7,a:3.9 とc:6.5,左外側広筋はa:11.6 とc:17.5,左大腿二頭筋はa:5.8 とb:9.5,a:5.8 とc:9.7,前脛骨筋はa: 13.4 とc:22.6 に有意差があった(p<0.05).また右中殿筋はa:15.1 とc:20.5,b:17.6 とc:20.5,右大腿直筋はa:6.0 とc: 13.8,b:8.6 とc:13.8,右内側広筋はa:16.0 とc:20.5,右外側広筋はa:11.1 とc:15.5,b:12.6 とc:15.5,右大腿二頭筋はa: 14.8 とc:21.5,b:16.4 とc:21.5 に有意差があった(p<0.05).第2 相では左大腿直筋,左内側広筋,左外側広筋,左大腿二頭筋,左前脛骨筋,右内側広筋,右大腿二頭筋においてそれぞれaとcに有意差があった(p<0.05).第3 相では左大腿直筋はa:3.5 とc:7.0,b:3.8 とc:7.0,右前脛骨筋はa:21.7 とc:28.3,右腓腹筋内側頭はa:14.6 とc:22.2,b:15.0 とc: 22.2 に有意差があった(p<0.05).第4 相では左中殿筋はどの高さにおいても有意差があった(p<0.05).また,右大腿直筋はa:3.1 とc:4.3,右内側広筋はa:6.8 とc:10.3,右大腿二頭筋はa:3.0 とb:4.8,a:3.0 とc:5.7,右前脛骨筋はa:11.1とc:17.2,b:12.2 とc:17.2 に有意差があった(p<0.05).側方またぎ動作時の特に下肢を持ち上げる相である第1 相では,右大腿直筋は6 〜14%MVC,第3 相では左大腿直筋は4 〜7%MVCの筋活動量であった.また,下肢を支持する相である第1 相では,左中殿筋は31 〜38%MVC,第3 相では右前脛骨筋は22 〜28%MVC,右腓腹筋内側頭は15 〜22%MVCの筋活動量であった.なお,障害物の高さの平均値±標準偏差(cm)は50%:39.1 ± 1.9,60%:46.8 ± 2.4,70%:54.5 ± 2.7であった.【考察】動作開始時である第1 相は,多くの下肢筋活動が障害物の高さに影響を受けたことが分かった.同様に下肢を挙上する第3 相は支持脚の足部の筋活動が高さによって影響を受け,足部を中心としたバランス保持能力が必要な相であることが考えられた.従って,第1 相と3 相は難易度が高い動作場面であり,高さや環境によって影響を受ける相なのではないかと考えられた.また,第1 相と3 相の下肢挙上側は,高さによって異なる大腿直筋の筋活動量が必要であった.本結果の筋活動量内の対象者であれば側方またぎ動作を実施できる可能性があるが,高さという環境によっては側方またぎ動作能力に影響する可能性もある.筋活動量がより低値の場合は転倒リスクが高いため立位ではなく座位の選択が適切であると考えられた.【理学療法学研究としての意義】障害物の高さによる側方またぎ動作時の下肢筋活動量の違いを明らかにした.本研究の結果は,浴槽またぎ動作の指導方法における指標の一助となった.