抄録
【目的】移動手段を車いすとする頚髄損傷者にとって、自動車運転は生活活動範囲を拡大させる重要な手段である。我々は昨年の本学会において、頚髄損傷者の自動車運転では右カーブと比較して左カーブで運転者の頭部が大きく移動し、僧帽筋への負担も大きい傾向があると報告した(2012)。本研究では、頚髄損傷者を対象として運転動作における身体への負担を軽減させる運転環境を開発する前段階として、左カーブ走行時の頭部位置変化と僧帽筋の筋電図を検討した。【方法】対象は、頚髄損傷により上下肢障害をもつ男性5 名とした。内訳は、C5 残存1 名、C6 残存4 名、平均年齢は39.0 歳(27 〜58 歳)、全例、日常生活の移動手段として手動車いすを使用していた。全例が普通自動車運転免許を有し、運転経験年数は平均16.6 年(8 〜35 年)であった。実験に使用した車両は、各個人所有の自家用自動車で市販の運転補助装置を使用した。具体的には、右手でステアリング操作(手掌型1 名、ノブ型1 名)、左手でアクセル・ブレーキ操作を行った。他の自動車が進入しない教習コースに左カーブのコースを設定し、健常者が安全に運転操作できる速度条件(30km/h)にて十分に走行練習を行わせた後、10km/h、20km/h、30km/hの3 通りの速度で走行させた。なお、走行速度の順序は無作為とした。運転の動作解析には、車中に汎用ビデオカメラを2 方向で計2 台設置し、被験者の左耳孔に球状マーカーを装着して走行中に記録した。解析には、3 次元動作解析システムを使用し、サンプリング周波数30Hz、1 フレーム毎にデジタイズを行い、時間の正規化処理の後、時系列における左右方向と前後方向の単位時間あたりの頭部位置変化を算出した。また、LED式同期装置にて筋電計を時間同期させ、左右僧帽筋から表面電極を用いて双極導出法によって筋電図を導出・記録した。筋電計のサンプリング周波数は1,000Hzとし、オフラインにて筋電図解析を行った。筋電図データはRoot Mean Square処理を行い、時間の正規化処理後に単位時間あたりの筋電図積分値を算出した。【説明と同意】対象者には研究の趣旨と概要、実験の危険性と注意点、個人情報の取り扱い等について十分な説明を行い、書面にて同意を得た。【結果】左右方向の頭部位置変化は10km/hで16.4mm、20km/hで18.3mm、30km/hで36.5mm、前後方向の頭部位置変化は10km/hで16.1mm、20km/hで19.5mm、30km/hで62.9mmであった。10km/hまたは20km/hと比べて30km/hでは、左右方向は約2 倍、前後方向は3 倍以上に増大した。僧帽筋の筋電図は、右僧帽筋には速度との関係がなかったが、左僧帽筋は10km/hまたは20km/hと比較して、30km/hで有意な増大が認められた(p<0.05)。【考察】本研究において、10km/hまたは20km/hと比較して、30km/hで頭部位置変化は左右方向、前後方向とも増大し、左僧帽筋の筋電図積分値は有意に増大したことから、30km/hでは運転者の頭部は大きく移動し、左後頚部の負担が大きくなることが明らかになった。頚髄損傷者が運転補助装置を使用する運転環境では、左カーブで右向きへの遠心力が加わっている状態で左へハンドルをきらなければならず、右上部体幹がシートから離れて座位が不安定になる。速度が上がるとより不安定になり、座位安定性を確保するために左上肢を強く働かせている可能性が示唆された。今後、コース区分毎に解析して不安定になる時間要素について検討し、安定性を補う補助機構を検討する必要がある。【理学療法学研究としての意義】頚髄損傷者の自動車運転における身体負荷を分析して、身体への負担を軽減させる方略を検討することは、頚髄損傷者が自動車運転を行う際の安全性・快適性の向上に寄与すると考えられる。