臨床神経学
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症例報告
高齢発症のII型呼吸不全を契機に診断されたselenoprotein関連ミオパチーの1例
岩渕 洋平梅田 麻衣子山田 友美小笠原 真志西野 一三藤田 信也
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2021 年 61 巻 4 号 p. 243-246

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要旨

症例は71歳女性.II型呼吸不全の原因精査のため当科に入院した.60歳代後半から体幹の筋力低下に気づいていたが,日常生活は自立していた.両親がいとこ婚で姉に類症があり,傍脊柱筋,大腿屈筋と縫工筋に選択的な筋萎縮を認めた.筋生検では筋障害は軽度であったが,遺伝子解析でSELENONSEPN1)遺伝子に未報告のホモ接合型バリアント(c.227T>C p.Phe76Ser)を認めた.Selenoprotein関連ミオパチーは,幼少期までに発症することがほとんどで,本症例は呼吸不全で顕在化した高齢発症の初めての報告である.

Abstract

A 71-year-old woman was admitted to our hospital with type2 respiratory failure. Her daily life activities had been normal, although she had noticed mild truncal weakness in her sixties. Her parents were consanguineous, and her sister had suffered similar symptoms. Although Pompe disease was suspected on the basis of the clinical course and CT findings of selective muscular atrophy in the paraspinal, thigh flexor and sartorius muscle, acid alpha-glucosidase activity was normal. The serum creatine kinase level was not elevated, and muscle biopsy showed no specific change. Genetic analysis revealed a novel homozygous variant c.227T>C (p.Phe76Ser) in the SELENON gene, and she was suspected to have selenoprotein-related myopathy, which is reported to develop in childhood. Selenoprotein-related myopathy should be considered as a differential diagnosis in aged patients presenting with respiratory failure of unknown origin.

はじめに

Selenoprotein関連ミオパチーは,多くは生下時から幼少期に発症する緩徐進行性の先天性ミオパチーで,ほとんどが成人前に人工呼吸管理を必要とする1.我々は,II型呼吸不全で入院し,傍脊柱筋,大腿屈筋と縫工筋に選択的な筋萎縮があり,遺伝子解析で高齢発症のselenoprotein関連ミオパチーと診断し得た症例を経験した.高齢者の呼吸筋麻痺の鑑別疾患として重要と考え報告する.

症例

症例:71歳,女性

主訴:疲れやすい,呼吸困難

既往歴:高血圧症,脂質異常症,骨粗鬆症.

生活歴:喫煙歴なし.定年まで魚屋の店員として働き,日常生活(ADL)は自立していた.

家族歴:両親はいとこ婚.6人兄弟の5番目.双子の姉は50歳で乳がんにより死去.長姉は,75歳時に腰椎圧迫骨折を契機にADLが低下した.同時期に二酸化炭素ナルコーシスを発症し,以後終日非侵襲的陽圧換気(non-invasive positive pressure ventilation,以下NPPVと略記)を装着している.体幹優位の筋力低下があり,歩行不能で施設入所となっている.姉及び両親の遺伝子解析は未施行である.

現病歴:幼少期より小柄で運動は苦手で,体育の成績は5段階評価の2から3であったが,腹筋運動は苦手だができていた.65歳頃から,臥位で頭部を挙上できないことに気づき,69歳頃から易疲労性や四肢の筋力低下を自覚していた.71歳時に腰椎圧迫骨折で前医に入院し,経過中に呼吸不全による意識障害をきたして当院内科に転院した.転院時は,意識レベルがJCS 10で,動脈血液ガス分析でpH 7.37,PaO2 64.2 mmHg,PaCO2 58.6 mmHg,HCO3 33.3 mEq/lと二酸化炭素の貯留があり,NPPVが必要であった.II型呼吸不全の原因となる呼吸器疾患や循環器疾患がなく,呼吸筋麻痺の精査のため当科に転科した.

転科時現症:身長147.0 cm,体重40.5 kg,BMI 18.7,血圧119/67 mmHg,脈拍88/分・整,心拡大はなく,呼吸状態は,夜間のみNPPVを装着する程度に安定していた.神経学的には,意識清明で,構音障害や舌萎縮,嚥下障害はなく,脳神経系に異常はなかった.四肢に明らかな筋萎縮はなかったが,傍脊柱筋に萎縮を認めた.臥位での頭部挙上は不可能で,起き上がるにはベッド柵につかまることが必要で,体幹の筋力低下がめだったが,自立歩行で歩容異常はなかった.徒手筋力テストでは,三角筋,上肢遠位筋,大腿屈筋が4レベルで,その他の四肢筋力は保たれていた.握力は,右16 kg,左9 kgであった.四肢腱反射は亢進していたが,病的反射はなかった.感覚障害や直腸膀胱障害は認めなかった.

検査所見:血液検査で炎症所見はなく,血算に異常を認めなかった.肝腎機能に異常はなく,CKは22 U/lと正常だった.甲状腺機能は正常で,抗AChR抗体と抗MuSK抗体は陰性だった.胸部X線では,心胸郭比65%と軽度心拡大を認め,肺野には異常を認めなかった.髄液検査で細胞数や蛋白の上昇を認めなかった.呼吸機能検査では,%VC 35%,FEV1.0% 95%と著明な拘束性障害を認めた.心臓超音波検査では,左室駆出率は67%と保たれていた.神経伝導検査で伝導速度や振幅に異常はなく,針筋電図では,施行した咬筋,上腕二頭筋,第一背側骨間筋,大腿四頭筋,前脛骨筋で筋原性変化や神経原性変化を認めなかった.骨格筋CTでは,傍脊柱筋,大腿屈筋と縫工筋に萎縮と脂肪置換を認めた(Fig. 1).ポンペ病を疑って,濾紙血検体を用いた酸性α-グルコシダーゼ(acid α-glucosidase,以下GAAと略記)活性の測定を行ったが低下を認めなかった.

Fig. 1 CT images of the trunk and upper and lower extremities.

Selective atrophy and fat replacement in the paraspinal, thigh flexor and sartorius muscle are evident (arrowheads).

左上腕二頭筋から筋生検を施行した.光学顕微鏡では,筋線維の一部にごくわずかに乱れを認めるのみだったが,電子顕微鏡ではマルチミニコア病などで見られるZ-streamingを認めた(Fig. 2).先天性ミオパチー42既知原因遺伝子のパネルシークエンスで,SELENONSEPN1)遺伝子に新規のホモ接合型バリアントNM_020451.2 c.227T>C (p.Phe76Ser)を認めた.

経過:当院でのリハビリ後,夜間にNPPVを装着するものの病室内ADLは自立して生活ができるようになった.

Fig. 2 Muscle biopsy specimens from the left biceps brachii muscles.

(A) On NADH-TR, intermyofibrillar networks are mildly to moderately disorganized in some fibers, showing multiminicore like appearance. Scale bar denotes 20 μm. (B) On electron microscopy, a longitudinal section of muscle fibers is seen. Z-line streaming is seen. Scale bar shows 500 nm.

考察

本症例は,高齢発症のII型呼吸不全を契機に診断されたselenoprotein関連ミオパチーである.体幹優位の筋力低下があったが,筋力低下は緩徐進行性で,本人の筋力低下の自覚はほとんどなかった.両親がいとこ婚で姉に類症があり,呼吸筋麻痺と選択的な筋萎縮から当初はポンペ病を疑った.

ポンペ病は,GAAの活性低下や欠損により,主に筋細胞のライソゾーム内にグリコーゲンが蓄積して起こる常染色体劣性の先天性筋疾患である2.酵素補充療法による治療法が確立され,積極的に診断する意義が高い.GAAの残存酵素活性によって発症年齢や臨床症状のスペクトラムは広く,高齢者で発症する症例もある3.遅発型ポンぺ病では,本症例のように.四肢筋の筋力低下に比べ,呼吸筋症状が優位に出現することが多いのが特徴で,心筋症を呈する症例は一部とされており,骨格筋CTで,傍脊柱筋と大腿屈筋の選択的萎縮が特徴的である4.本症例では,臨床像は類似点が多かったが,GAA活性の低下は見られず,ポンペ病は否定された.

筋疾患の鑑別のために行った筋生検では,ミオパチーを示唆する所見に乏しかったが,同時に行った先天性ミオパチー42既知原因遺伝子のパネルシークエンスでSELENON遺伝子に未報告のホモ接合型バリアントNM_020451.2 c.227T>C (p.Phe76Ser)を認めた.

SELENON遺伝子は,小胞体上に存在し,酸化ストレスに対する筋小胞体内外のカルシウムイオンの調節に関わる糖タンパクをコードしており,この糖タンパクの機能異常では,筋小胞体内外の適切なカルシウムイオンの濃度が維持できず,筋障害をきたすと考えられる5SELENON遺伝子は,常染色体劣性遺伝であるマルチミニコア病6,脊椎強直症候群7,先天性筋線維タイプ不均等症8の原因遺伝子として知られている.SELENON遺伝子のミスセンス変異もしくはナンセンス変異を有し,緩徐に進行する常染色体劣性遺伝のミオパチーを包括してselenoprotein関連ミオパチーと呼ばれている1.本症例では,光学顕微鏡では筋線維の一部にごくわずかに乱れを認めるのみだったが,電子顕微鏡ではマルチミニコア病などで観察されるZ-streamingを認めた.

本症例は呼吸不全を契機に診断されたが,早期に呼吸不全を呈する成人発症のミオパチー22例を検討した報告では,遅発型ポンペ病27%,筋原線維性ミオパチー23%に次いで,selenoprotein関連ミオパチーと筋強直性ジストロフィーがそれぞれ14%と報告されている9.Selenoprotein関連ミオパチー41例をまとめた報告では,5歳までの発症が80%以上を占め,13歳がもっとも遅い発症である1.呼吸筋麻痺はほぼ必発で,15歳までには半数が,20歳までには75%がNPPVを必要とし,40歳代までNPPVを必要としない症例は,2症例のみとされている.筋力低下の進行は緩徐で,自力歩行ができなくなる症例は14%程度と少ない.また,CKは73%の症例で上昇を認めなかった.選択的な筋萎縮が特徴的で,傍脊柱筋や大腿屈筋に加え縫工筋にも筋萎縮を認めることが多い1011.筋病理では,マルチミニコアを認めるものが35例中15症例と最も多いが,病理上特徴的な変化を認めないものも多い1.本症例も筋力低下に比べて呼吸機能低下がめだち,CKの上昇もなく,筋生検でも所見に乏しく,筋萎縮の分布は既報例と類似していたが,これほど高齢発症で呼吸不全を機会に診断された報告例はなかった.

Selenoprotein関連ミオパチーの症状や重症度の多様性は,遺伝子変異によると考えられる.Selenoprotein関連ミオパチーでは,マルチミニコア病でも多く認められるc.943G>Aのミスセンス変異が多く認められているが,遺伝子変異の部位と経過や予後には相関は認められていない112.本症例では,c.227T>C (p.Phe76Ser)の新規ホモ接合型バリアントが認められた.この変異はEF-hand motifに位置している13.Selenoprotein関連ミオパチーで,これまでにEF-hand motifにおけるミスセンス変異の報告はないが,EF-hand motifはカルシウムイオンの結合に関与する重要な部位であり,本症例で見つかったホモ接合型バリアントによりミオパチーの病態が引き起こされ,既報告と異なる高齢発症の経過となった可能性が考えられる.

本症例は,高齢発症で呼吸筋麻痺がめだち,傍脊柱筋,大腿屈筋と縫工筋に選択的な筋萎縮を認めたselenoprotein関連ミオパチーである.成人発症のポンぺ病の臨床像に類似しており,鑑別疾患として重要であり,今後の同様な症例の蓄積が必要である.

Notes

本症例は,国立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費(2-5, 29-4),日本医療研究開発機構(AMED)の課題番号(JP20ek0109490h0001, 19ek0109285h0003)の支援を受けた.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
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