臨床神経学
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症例報告
橋本病に悪性貧血と亜急性連合性脊髄変性症を合併した高齢男性の1例
下園 孝治
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2021 年 61 巻 7 号 p. 461-465

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要旨

66歳男性が深部感覚障害による歩行障害で入院した.血清ビタミンB12低値で悪性貧血,MRI T2強調画像で頸髄および胸髄の後索と側索に高信号域を認め亜急性連合性脊髄変性症(subacute combined degeneration of the spinal cord,以下SCDと略記)と診断した.抗胃壁抗体,抗内因子抗体が陽性の自己免疫性胃炎,かつ抗ペルオキシダーゼ抗体が陽性で橋本病でもあった.橋本病に悪性貧血を合併した多腺性自己免疫症候群3B型に分類される.この病型では吸収障害からのビタミンB12欠乏のリスクがあり,SCD発症に寄与したと考えられた.

Abstract

A 66-year old man presented to our hospital due to gait disturbance. He was unable to stand or walk without assistance. Laboratory tests revealed macrocytic anemia and an extremely low serum vitamin B12 level. MRI showed high- intensity signals in the posterior and lateral column of the cervical and thoracic region of the spinal cord in T2 weighted image. Other significant laboratory results were an increased and/or positive anti-thyroid peroxidase antibody, anti-gastric parietal cell antibody and anti-intrinsic factor antibody. He was diagnosed with a combination of Hashimoto’s thyroiditis, pernicious anemia and subacute combined degeneration of the spinal cord (SCD). The patient’s condition was autoimmune polyglandular syndrome type3B. The association of thyroid and gastric autoimmune disorders is a unique syndrome that tend to be complicated by vitamin B12 deficiency.

はじめに

自己免疫性胃炎では抗胃壁抗体,抗内因子抗体が陽性で胃粘膜萎縮が高度になってビタミンB12の吸収障害が起こり,その結果として悪性貧血を発症する1.ビタミンB12欠乏からはミエロパチーである亜急性連合性脊髄変性症(subacute combined degeneration of the spinal cord,以下SCDと略記)も発症する.悪性貧血とSCDの合併は良く知られているが2)~5さらに橋本病との関連を議論した報告は少ない.今回我々は橋本病に自己免疫性胃炎を合併した高齢者で,栄養障害が加わった結果SCDを発症した例を経験した.橋本病における注意すべき合併症と考え報告する.

症例

患者:66歳(発症時)男性

主訴:起立歩行困難

既往歴:60歳時に交通外傷 他は特になし.

生活歴:飲酒 64歳までビール2本/日,喫煙20本/40年.食事内容は肉類の摂取が少なく,菓子類を好む生活を数年にわたり続けていた.

家族歴:特記事項なし

現病歴:交通事故に関連した精神的ストレスから家に閉じこもる生活が長かった.201x年6月頃から両下肢にジンジン感を自覚し,7月頃には歩行困難を感じるようになった.8月y日(第1病日)一人で立ち上がれなくなり救急車で来院した.

来院時現症:一般身体所見は血圧94/50 mmHg,体温36.6°C,脈拍68/分,身長167 cm,体重44.9 kgでbody mass index(BMI)16.1とるい瘦状態で特に両下肢に筋委縮がめだった.関節腫脹なし,表在リンパ節は触知しなかった.排尿障害,起立性低血圧などはみられなかった.血液検査で赤血球103 × 104l,ヘモグロビン値が5.0 g/dl(MCV 146.9 fl, MCH 49.2 pg)と大球性貧血があった.舌乳頭の萎縮は認めなかった.心電図,胸部レントゲンは異常なし.頭部CTは皮質の全般的な軽度萎縮のみで下肢脱力を説明できる所見はなかった.

入院後の治療経過:第1病日に濃厚赤血球輸血4単位行われた.第5病日の上部消化管内視鏡検査では活動性の出血所見はなかったが,全般性の胃粘膜萎縮の所見と胃の前庭部に直径約2 cmのポリープを認め,内視鏡的切除された.ポリープの一部にwell differentiated adenocarcinomaがあったが,断端部は陰性であった.大腸内視鏡検査ではtubular adenomaのみで出血や悪性所見はなかった.血中ビタミンB12は87 pg/dlと著明な低値,ビタミンB1は18.0 pg/mlと軽度の低値でビタミン欠乏による大球性貧血と診断し,混合ビタミン製剤(B1 50 mg, B6 100 mg, B12 1 mg)が第11病日まで経静脈的に投与された.また第4病日からは通常治療量(1,500 μg/day)のメコバラミン内服併用も開始された.TSHは113 IU/lと高値,遊離甲状腺ホルモンFT4は0.53 IU/mlと低値を示し抗ペルオキシダーゼ抗体も陽性と判明し橋本病からの甲状腺機能低下症と診断された.甲状腺機能低下症に対してレボチロキシン12.5 μgから開始された.当初,歩行困難は栄養不良に伴って筋委縮を来したためとされた.その後のリハビリテーション治療でも歩行状態の改善がなく,第35病日に脳神経内科に対診された.

Table 1  Laboratory findings.
Complete Blood Count
WBC (3,000–9,500) 5,700/μl vitamin B1 (21.3–81.9) 18.0 ng/ml
RBC (376–577) 103 × 104l vitamin B12 (233–914) 87 pg/ml
Hb (11.2–18.3) 5.0 g/dl folate (3.6–12.9) 9.3 ng/ml
Platelet (140–379) 140 × 103/μl homocysteine (6.3–18.9) 19.1 nmol/ml
Biochemical Test TSH (0.50–5.00) 113 IU/ml
Albumin (4.0–5.0) 3.4 g/dl FT4 (0.90–1.70) 0.53 IU/Ml
AST (13–33) 17 IU/dl gastrin (<200) 11,050 pg/ml
ALT (6–30) 6 IU/dl ACTH (7.2–63.3) 13.4 pg/ml
γ-GTP (10–47) 14 IU/dl cortisol (4.5–21.1) 10.6/μg/dl
BUN (8.0–22.0) 15 mg/dl Immunology
Cre (0.40–1.10) 0.86 mg/dl Anti-SS-A antibody (-)
Na (138–146) 136 mEq/l Anti-SS-B antibody (-)
K (3.6–4.9) 3.7 mEq/l Anti-Helicobacter pyroli antibody (-)
Cl (99–109) 104 mEq/l Anti-HTLV-1 antibody (-)
Ca (8.7–10.3) 7.7 mg/dl Anti-TPO antibody (<16) 313.1 IU/ml
IP (2.5–4.7) 2.4 mg/dl Anti-parietal cell antibody (<10) positive (×160)
Cu (66–130) 102 μg/dl Anti-intrinsic factor antibody positive
Ceruloplasmin (21.0–37.0) 22.6 mg/dl Anti-GAD antibody (-)
Fe (70–199) 48 μg/dl Adrenocortical autoantibody (-)

神経学的所見と精査の経過:第35病日の時点で意識は清明,脳神経系には異常なし.臥位で評価すると筋力は上下肢ともMMT 4/5で左右差はなかったが,立位保持は支えを必要とし閉眼でさらに不安定となりRomberg徴候が陽性であった.表在覚,温度覚は四肢末梢で中等度の低下であった.下肢振動覚が2~3秒と著明に低下していた.バビンスキー反射は誘発されなかったが,膝および足関節クローヌスがみられ,patellar tendon reflexは亢進していた.指鼻試験は運動分解があるも目標には到達可能であった.第41病日の頸椎MRI検査において頸髄から胸髄にかけて高信号が後索と一部は側索にもT2強調画像で高信号域をみとめた(Fig. 1).脛骨神経刺激よる体性感覚誘発電位検査では誘発不良であった.神経伝導検査では頸骨神経の振幅は4.02 mVで伝導速度39.6 m/sで,遠位潜時の延長や近位刺激での振幅低下,時間分散や伝導ブロックなどの明らかな異常はなかった.しかし腓腹神経の振幅は2 μVと低く末梢神経障害がみられた.以上の深部感覚障害を主体とした神経学的所見とビタミンB12低値からSCDと診断した.

Fig. 1 MRI of the spinal cord (1.5 T; TR/TE 4,000/103).

A. Midsagittal T2-weighted imaging showed hyper-intensity in the posterior portion of the cervical to upper thoracic spinal cord. B. Transversal T2-weighted imaging showed the selective involvement of the posterior columns at the C2 level (long arrow). C. The hyper-intense lesion in the dorsal and lateral column at the T1 level (arrow head).

その後の入院治療経過:メコバラミンの内服治療を継続したがビタミンB12血中濃度は基準値内か,それより少し高め(528~1,373 pg/ml)の間で推移した.吸収障害も疑われ血中ガストリン値を測定したところ11,050 pg/ml(正常200以下)と著明な高値であった.高ガストリン血症の一つの原因であるHelicobacter pylori感染は便中抗原,血液中抗体のいずれでも陰性で関与は否定的であった.その後はレボチロキシンとメコバラミンとの内服治療で甲状腺機能の検査値も貧血も改善した.MRI上の頸髄のT2強調画像の高信号所見も第61病日時点では軽減していた.動物性食品を含む食事療法とリハビリテーション治療を行って,短距離のつかまり歩行が可能な状態で第103病日に退院した.

退院後の経過:退院後の検査で抗内因子抗体陽性,抗胃壁抗体陽性が判明し,自己免疫性胃炎からの吸収障害によるビタミンB12欠乏と考えた.他の自己抗体などの血液検査はTable 1に示した.5年以上経過した現在も外来通院でレボチロキシン,ビタミンB12製剤の内服治療を継続している.この間に栄養改善により体重は徐々に増加し56 kgになった.しかし深部および表在感覚は低下したままで,歩行能力は屋内での伝い歩きが可能な程度の改善に留まっている.その後の血中ガストリン値は約4,000~5,000 pg/ml程度を推移して高値が持続しており,ガストリノーマなど内分泌系腫瘍が存在する可能性も否定できない.そのため年1回程度入院し,胸腹部CT検査や上部消化管内視鏡検査も繰り返しながら経過をみているが,現在に至るまで悪性腫瘍の再発や胃潰瘍の発症はない.

考察

本例の第一の特徴として橋本病と自己免疫性胃炎の二つの自己免疫疾患を合併していた点が挙げられる.このような疾患の組み合わせはNeufeldらによって提唱された多腺性自己免疫性症候群(autoimmune polyglandular syndromes,以下APSと略記)として理解できる6.APSはアジソン病を主疾患とする場合は1型および2型に,アジソン病を有せずに橋本病など自己免疫性の甲状腺疾患を主疾患とする3型に大きく分類される.さらに3型の下位分類として1型糖尿病を合併するとAPS3A,悪性貧血が合併するとAPS3B型に,白斑症あるいは脱毛症を合併するAPS3C型に分類される.本例は橋本病と悪性貧血の組み合わせであるためAPS3B型になる.

APS3B型の頻度は不明であるが本邦からは足立らが橋本病と悪性貧血を合併した自験例に加えて既報26例を7,最近では後藤らが自験例に加えて橋本病あるいはバセドウ病と自己免疫性胃炎との合併例の既報32例について8,それぞれでまとめている.両者が引用した症例のうち12例は同一報告で重複していて女性例が多いが,これらの二つの報告をみても本邦において橋本病に自己免疫性胃炎を合併したAPS3B型とできる症例の存在はそれほど稀ではないと推察される.後藤らはAPS3B型の疾患名が広く浸透していない点を指摘していて,診断に至っていない症例がある可能性も述べている.Lahnerらは橋本病に自己免疫性胃炎が合併する機序を最近の総説のなかで論じており,甲状腺と胃の組織は発生原器が中胚葉で同じであるため共通の免疫学的基盤が存在すると考えられ,遺伝要因(HLAと関連),環境要因(ヨード摂取量,セレン欠乏),感染症(HCV, HHV-6)等の可能性を挙げている9.結果としてリンパ球による甲状腺上皮,消化管上皮の破壊が起こり胃粘膜の萎縮が進行し,ビタミン吸収障害,悪性貧血に至ると考えられる.

本例がSCDの発症までに至った原因について考察する.SCDの原因は悪性貧血と同様にビタミンB12欠乏が大部分で,両疾患の合併は今や古典的な知識となっている2)~5.110例の悪性貧血のうちの44例(40%)にSCDが合併したとする報告や3,本邦からは悪性貧血とSCDが合併した1961年のWakisakaの報告がある10.近年の自己免疫性疾患の知見の広がり,さらにMRI画像で脊髄病変がみつかることもあって,自己疫性免胃炎を基盤として悪性貧血とSCDが合併した例が最近いくつか報告されており,改めてその機序が注目される11)~14.そのうちのOtaらの68歳女性例は抗ペルオキシダーゼ抗体が陽性で,我々の例と同様に橋本病であり,彼らもAPS3B型に分類して胃粘膜の萎縮が高度かつ広範囲になってビタミンB12欠乏に至ったと考察している14.すなわち橋本病と自己免疫性胃炎が合併するAPS3B型では吸収障害によるビタミンB12欠乏のリスクを有すると言える.しかし本例の治療経過からも窺えることとして,抗内因子抗体が陽性で吸収障害があっても,ビタミン剤経口投与と通常の食事で深刻な欠乏に至らない程度に組織への補給は維持できる.和泉らはAPS3B型とは記載していないが,橋本病,抗内因子抗体陽性,悪性貧血を合併した高齢者でビタミンB12欠乏に経口投与が有効であった例を報告しており,彼らの例ではSCDまでは発症していない15.ビタミンB12は長期に体内貯蔵されるため,欠乏による神経症状の出現まで通常は10~15年,胃全摘という完全な内因子欠乏でも3~5年を要するとされる16.内因子が関わらない濃度勾配に伴う吸収もあると思われ,内因子欠乏によるビタミン吸収障害という単独の条件のみでは容易にはSCDの発症に至らないと考えられる.例えば制酸剤や笑気ガスのような薬剤の影響も時に警告されてきたように16,吸収障害が潜在的に存在している状態に,別の要因が加重されることで組織におけるビタミン欠乏状態が急激に悪化する可能性もある.本例のように偏食が強い食生活が長期にわたることもSCD発症に繋がる要因の一つとなりうると思われる.その点で自己免疫性胃炎に極端な偏食が持続した結果,悪性貧血とSCDを発症したとする澁木らの例は示唆的である12.また本例では甲状腺機能低下症であったが,甲状腺機能低下症に悪性貧血が約1割程度合併していたとの報告もあり病態に影響した可能性もある17

APS3B型は決して稀な病態ではなく,複数の遺伝要因と環境要因が関与する疾患であるが,ビタミンB12欠乏からSCD発症に関与する可能性を有しており,発症に関与する未知の因子も含めて今後のさらなる検討が必要である.橋本病に末梢神経障害やSCDなど神経疾患の合併をみた場合には,ビタミン血中濃度の評価に加え上部消化管内視鏡検査で自己免疫性胃炎の有無の検討が望まれる.その際に血中ガストリン値はビタミン吸収障害の有無を評価する一つの方法として有用と思われる18

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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