臨床神経学
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短報
Hot cross bun徴候を認めた橋及び両側中小脳脚梗塞の1例
葛目 大輔森本 優子堤 聡山﨑 正博細見 直永
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2024 年 64 巻 3 号 p. 190-193

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要旨

高血圧,糖尿病で加療中の71歳男性がふらつきと呂律困難を生じ,右橋及び小脳梗塞と診断された.その1ヶ月後,体が左に傾くようになり,神経学的所見として構音障害と小脳性体幹失調が認められた.心電図は心房細動を示した.頭部MRI拡散強調画像では左右小脳半球及び中小脳脚に高信号病変あり.心原性脳塞栓症に対してダビガトラン300 ‍mg/日の内服を行った.発症第12日目に転院した.72歳時に行った頭部MRI T2*画像では橋にhot cross bun sign(HCBs)を認めた.HCBsの要因として,橋及び両側中小脳脚梗塞による橋小脳路の順行性または逆行性変性(あるいはその両方)が関与したと考えた.

Abstract

A 71-year-old man with hypertension and diabetes mellitus presented to our hospital because he felt lightheaded. Diffusion-weighted images (DWI) on brain MRI showed high signal lesions in the left cerebellar hemisphere and the right pons. The diagnosis of cerebellar infarction was made, but he refused treatment. One month later, he came to our hospital because his body leaned to the left. Neurological examination revealed dysarthria and cerebellar truncal ataxia. An electrocardiogram showed atrial fibrillation. DWI on brain MRI showed high signal lesions in the bilateral cerebellar hemispheres and middle cerebellar peduncles (MCP). Dabigatran 300 ‍mg/day was administered for cardiogenic cerebral embolism. On the 12th day of onset, he was transferred to a rehabilitation hospital. At 72 years old, T2*-weighted images on brain MRI showed hot cross bun sign (HCBs) in the pons. We considered that HCBs were caused by antegrade or retrograde degeneration (or both) of pontine infarcts and bilateral MCP infarcts in the pontine cerebellar tract. It seemed preferable to use T2*-weighted images or proton density-weighted images rather than T2-weighted images to detect HCBs. When HCBs is detected, it should be noted that HCBs can be caused by bilateral MCP infarcts in addition to multiple system atrophy.

はじめに

Hot cross bun sign(HCBs)は頭部MRI T2強調画像でみられる橋の十字状の高信号変化である.HCBsは橋と小脳をつなぐ橋横線維や橋内の神経細胞が選択的に消失することや,グリオーシスによって生じるとされている12.このHCBsは多系統萎縮症で特徴的な所見であるが,多系統萎縮症における出現率は24~55%と報告されている34.またHCBsは多系統萎縮症に特異的な所見ではなく,過去には遺伝性脊髄小脳変性症,進行性多巣性白質脳症,傍腫瘍症候群,クロイツフェルト・ヤコブ病,視神経脊髄炎,多発性硬化症などで報告されているが34,脳梗塞による報告は少ない67

我々は橋及び両側中小脳脚(middle cerebellar peduncle,以下MCPと略記)に脳梗塞を来し,経時的な画像所見でHCBsと小脳萎縮を観察しえた症例を経験したので,これを報告する.

症例

症例:71歳 男性

主訴:ふらつき,呂律困難

既往歴:高血圧症,糖尿病.

現病歴:起床時よりふらつき,呂律困難が出現したため,当院救急外来を受診した.神経学的所見では構音障害,左上肢に小脳性失調を認めた(NIH Stroke Scale(NIHSS)2点).頭部MRI拡散強調画像では右橋,左小脳半球に散在性に点状の高信号病変を認めた(Fig. 1A, B).MRAでは右椎骨動脈に高度狭窄に加え,左椎骨動脈の描出不良が認められた(Fig. 1C).小脳梗塞と診断し抗血栓療法が考慮されたが,本人が治療を拒否し,自宅に帰宅された.その1ヶ月後,体が左に傾き(発症当日),その翌日より嘔吐を認めるようになったため,当院救急外来を再度受診した(発症第2日目).

Fig. 1 Diffusion-weighted images (DWI), T2-weighted images (T2WI), T2*-weighted images (T2*WI) and MR angiographies on brain MRI.

A, B: DWI showed high signal lesions in the left cerebellar hemisphere and the right pons (1.5 ‍T; TR 4,000 ‍ms, TE 79.5 ‍ms, b = 1,000). C: MRA showed severe stenosis in the right vertebral artery and the left vertebral artery was not depicted (1.5 ‍T; TR 36 ‍ms, TE 6.8 ‍ms). D, E, F: DWI showed high signal lesions in the right pons, bilateral cerebellar hemisphere and middle cerebellar peduncles (1.5 ‍T; TR 5,000 ‍ms, TE 108.8 ‍ms, b = 1,000). G, H, I: T2WI showed high signal lesions in the right pons, bilateral cerebellar hemisphere and middle cerebellar peduncles (1.5 ‍T; TR 4,026 ‍ms, TE 112 ‍ms). J, K: T2*WI showed low signal lesions in the bilateral dentate nuclei and HCBs was not depicted (1.5 ‍T; TR 850 ‍ms, TE 25 ‍ms). L: The basilar artery was not visualized on MRA (1.5 ‍T; TR 36 ‍ms, TE 6.8 ‍ms).

入院時現症:身長171 ‍cm,体重77.6 ‍kg,血圧226/174 ‍mmHg,心拍数124/分・不整,SpO2 97%(室内気).心肺腹部に異常なし.神経学的所見では意識清明だが,構音障害,左上肢の小脳性運動失調と小脳性体幹失調,右Babinski徴候を認めた(NIHSS 3点).

入院時検査所見:生化学検査:HbA1c 7.2%,LDLコレステロール179 ‍mg/dl,BNP値177 ‍pg/ml,クレアチニン0.74 ‍mg/dl,推定クレアチニンクリアランス(Cockcroft-Gault法)100.5 ‍ml/min.

心電図:心拍数122拍/分,心房細動であり,左心室肥大を示唆するST-T変化あり.

経胸壁心エコー:求心性左心室肥大を認める以外に,特記すべき事項なし.

頸動脈エコー:右内頸動脈に2.4 ‍mm,左内頸動脈に4.1 ‍mmのプラークを認めるが,流速の上昇なし.右椎骨動脈の流速は正常であったが,左椎骨動脈の流速は末梢閉塞を示唆する所見であった.

頭部MRI:拡散強調画像で両側小脳半球,左橋及びMCPに高信号病変あり(Fig. 1D~F).T2強調画像では前述の部位は淡い高信号を呈していた(Fig. 1G~I).T2*強調画像ではHCBsは認めなかった(Fig. 1J, K).MRAでは脳底動脈が描出されなかった(Fig. 1L).

入院経過:後方循環系を中心とした心原性脳塞栓症に対してエダラボンによる治療を開始した.これと併せてダビガトラン300 ‍mg/日の内服とリハビリテーションを行った.入院経過中,神経症状のさらなる悪化は認めなかった.発症第12日目にリハビリテーション専門病院に転院した.同院でリハビリテーションを行い,発症から第88日目に退院した.

72歳時(発症第508病日),経過観察目的で頭部MRIを実施した.T2強調画像では右橋,両側小脳半球及びMCPに高信号病変を認めた(Fig. 2A~C).T2*強調画像では出血性梗塞によると考えられる両側小脳半球の低信号病変に加え,橋にHCBsを認めた(Fig. 2D~F).T1強調画像では第4脳室の拡大と小脳萎縮を認めた(Fig. 2G~I).MRAでは脳底動脈は描出されていた(Fig. 2J).

Fig. 2 T2-weighted images (T2WI), T2*-weighted images (T2*WI), T1-weighted images (T1WI) and MR angiography on brain MRI.

A, B, C: T2WI showed high signal lesions in the right pons, bilateral cerebellar hemisphere and middle cerebellar peduncles. Hot cross bun sign (HCBs) was not clearly detected on T2WI (1.5 ‍T; TR 4,000 ‍ms, TE 111.416 ‍ms). D, E, F: T2*WI showed low signal lesions in the left cerebellar hemisphere and right dentate nucleus. HCBs was clearly detected on T2*WI (arrow) (1.5 ‍T; TR 800 ‍ms, TE 25 ‍ms). G, H, I: T1WI showed enlargement of fourth ventricle and mildly cerebellar atrophy (1.5 ‍T; TR 633.336 ‍ms, TE 13 ‍ms). J: MRA depicted the right vertebral artery and basilar artery and showed severe stenosis in the basilar artery, but not in the left vertebral artery.

一連の経過で小脳性体幹失調は残存したが,多系統萎縮症を示唆するようなパーキンソン症状や自律神経障害は認めず,傍腫瘍症候群を示唆するような悪性腫瘍やクロイツフェルト・ヤコブ病を示唆するような画像所見は認めなかった.

考察

MCPは橋基底部と小脳を結ぶ巨大な線維束で構成され,橋核は橋横線維および MCP を介して対側小脳に神経線維を投射することによって,橋小脳路を構成する.この橋小脳路に何らかの要因によって順行性または逆行性変性(あるいはその両方)が生じることによって,橋や小脳に萎縮を生じるとされている6.自験例では発症から第508病日に実施した頭部MRIでは小脳萎縮を認めた.この要因として右橋中部,左橋下部及び両側MCP梗塞による順行性変性と小脳の出血性梗塞が小脳萎縮に関与したと考えた.またHCBsに関しても,橋梗塞による橋小脳路の順行性変性に加え,両側MCP梗塞がHCBsを呈しうること7から,MCP病変からの逆行性変性も関与した可能性を考えた.

HCBsは多系統萎縮症に特異的な所見ではなく,他の疾患でも報告されているが34,脳梗塞による報告は少ない67.Nishidaらは,頭部MRI画像のHCBsから「多系統萎縮症」が疑われたが,症状が進行しない小脳失調のみで経過した症例を報告した.この例では,多系統萎縮症を示唆する所見は乏しく,既往の両側MCP梗塞がHCBsの原因と考えられた.HCBsを検出した際には,多系統萎縮症だけではなく,橋小脳路における脳梗塞が原因になり得ることに留意する必要がある.

両側MCPの脳梗塞は比較的稀である.一般に,MCP梗塞は片側性または両側性の椎骨動脈の閉塞や狭窄により脳底動脈の還流が低下し,脳底動脈の分枝である前下小脳動脈に虚血を招くことによって生じる68.自験例は,心房細動によって生じた塞栓子が脳底動脈を閉塞させ,橋及びMCPの梗塞を来した結果HCBsを生じた.また自験例及びRohらの報告6では発症してから1年後に実施した頭部MRIでHCBsを認めていることを踏まえると,両側MCP梗塞によるHCBsの出現にはある程度の年月が必要であると思われた.

自験例では頭部MRI T2強調画像ではHCBsは明瞭ではなかったが,T2*強調画像でより明瞭にHCBsを認めた.Deguchiらは多系統萎縮症の症例において,T2強調画像よりもT2*強調画像の方がHCBsをより検出しやすいことを報告している9.同様にKasaharaらはT2強調画像よりもプロトン密度強調画像の方がHCBsをより検出しやすいことを報告している10.HCBsを検出する際はT2強調画像よりもT2*強調画像やプロトン密度強調画像を用いて判断するのが望ましいと思われた.

結語

両側MCP梗塞発症から約1.4年後の頭部MRI画像検査でHCBsを認めた症例を経験した.HCBsの要因として,橋梗塞による橋小脳路の順行性変性に加え,両側MCP梗塞による逆行性変性も関与した可能性を考えた.HCBsを検出した際には,多系統萎縮症以外に自験例のように両側MCP梗塞によって発症することがあるので,その発症要因に留意する必要がある.

文献
 
© 2024 日本神経学会

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