脊髄小脳変性症(spinocerebellar degeneration,以下SCDと略記)は,小脳性運動失調を主症状とし,パーキンソン症状,錐体路症状などの小脳系以外の多系統障害も呈することがある神経変性疾患である.現時点で根治療法は見いだされていない.SCDのうちの約3分の1は遺伝性SCD(hSCD)で,残り3分の2は多系統萎縮症を含む孤発性疾患である.本稿ではhSCDについて,臨床像,新規治療法開発,バイオマーカー開発,ゲノム医療のそれぞれについて,現状と疾患克服に向けた展望について概説する.
自己免疫機序により小脳障害をきたす自己免疫性小脳性運動失調症は,グルテン失調症,抗グルタミン酸脱炭酸酵素(glutamic acid decarboxylase: GAD)抗体関連小脳失調症,傍腫瘍性小脳変性症,感染後小脳炎などのいくつかの病型がある.それぞれの疾患で免疫学的な病態は異なるが,多くの疾患で分子相同性機序により小脳を標的とすると考えられており,血液脳関門(blood-brain barrier,以下BBBと略記)破綻は分子相同性機序で誘発された病原性のある自己抗体の流入や抗原に感作された病的リンパ球の侵入を惹起するため,自己免疫性小脳性運動失調症の病態の重要なプロセスとなりうる.小脳性運動失調症のあるランバート・イートン筋無力症では小細胞癌との分子相同性機序により誘導されたGRP78抗体がBBB破綻を誘発し小脳性運動失調症を引き起こす.
免疫グロブリン大量静注療法(intravenous immunoglobulin,以下IVIgと略記)後の抗体価の変動について検討した.2020年4月1日から2022年8月31日の間に当院でIVIgを受け,投与前後に抗体測定を行った15例を後方視的に検討した.IVIg後には,抗SS-A抗体,抗サイログロブリン抗体,抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体,抗グルタミン酸脱炭酸酵素抗体,HBs,HBc抗体が一過性に上昇した.リウマチ因子,抗核抗体,抗好中球細胞質抗体は上昇しなかった.上昇した抗体は3か月後に陰性化した.IVIg後は製剤由来の自己抗体やB型肝炎関連抗体が一過性に上昇し,偽陽性を呈する.
58歳,男性,右利き.タイピングが上手くできず,言葉も思うように出なくなったことに気づいた.第3病日の入院時には失行や視知覚障害はなかったが,語列挙障害などの前頭葉機能障害や,近時記憶障害を認めた.またキーボード目視下に可能であったローマ字入力によるタイピングが,特に拗音や促音が混在する語で困難であった.書字障害は軽微であった.MRIでは左内包膝部から後脚に梗塞巣を認め,SPECTでは左前頭葉に集積低下を認めた.本例では視床-前頭葉間の投射性線維が皮質下梗塞により遮断された結果,ローマ字綴りの想起障害による失タイプを来したと考えられた.
症例は51歳男性.X−1月,急性の意識障害と精神症状で発症し,X月当院精神科に入院した.頭部MRIでびまん性白質病変を認め当科に紹介された.123I-IMP-SPECTでは前頭葉中心に広範な脳血流低下を認めた.抗Tg抗体,抗TPO抗体,抗NAE抗体が陽性であり橋本脳症と診断した.ステロイドパルス療法,ステロイド後療法,免疫グロブリン大量静注療法に反応し,症状,画像所見の改善を認めた.橋本脳症では急性の意識障害や精神症状で発症した場合,辺縁系脳炎類似のMRI所見を呈することが多いとされるが,本例はびまん性白質病変を呈し鑑別診断を考える上で臨床的に重要と思われた.
症例は74歳女性.肺腺癌に対してDurvalumabを使用中に,四肢・体幹部の筋強直が出現した.発作性有痛性筋痙攣と,表面筋電図での主働筋と拮抗筋の持続的な筋収縮を認めた.血液検査ではamphiphysin抗体が強陽性であり,stiff-person症候群(stiff-person syndrome,以下SPSと略記)と診断した.免疫グロブリン大量静注療法やクロナゼパムを開始し,発作性有痛性筋痙攣は消失した.原発巣が制御されている,かつ免疫チェックポイント阻害薬再開後という経過から,免疫関連有害事象としてSPSが顕在化したと考えた.極めて稀ではあるが免疫チェックポイント阻害薬に関連して生じうる事を留意する必要がある.
心房細動を有する88歳女性が右片麻痺と失語を主訴に緊急搬送された.MRAで左中大脳動脈M2閉塞を認めた.rt-PA静注療法により閉塞血管は再開通し,右片麻痺と失語は改善した.心房細動の既往があり,心原性脳塞栓症と診断し,抗凝固療法による再発予防を行った.しかし,day 6から右上下肢の運動麻痺の悪化と軽快を繰り返した.Capsular warning syndrome(CWS)と診断し,抗凝固薬にシロスタゾールを追加したのちに症状増悪がなくなった.心房細動による心原性脳塞栓症急性期にもCWSを来すことがあり,シロスタゾールの追加が有効であった.
症例は71歳男性.2年前に発症したHoehn-Yahr III度のパーキンソン病患者.右上肢に6~7 Hzの静止時振戦を認めていた.突然のめまいで受診.頭部CTで右小脳歯状核出血を認め,右上肢の静止時振戦は消失した.第6病日の頭部MRIで右歯状核-赤核-視床路のWaller変性を認めた.発症5カ月頃よりHolmes振戦が右上肢に出現した.Holmes振戦はL-dopa増量で改善した.小脳病変でのパーキンソン病による静止時振戦の消失とHolmes振戦の発症の報告は稀であり,さらに歯状核-赤核-視床路の変性を画像で捉えた報告はなく,その病態に小脳歯状核および歯状核-赤核-視床路の変性および黒質-線条体経路が関与したことが示唆された.
高血圧,糖尿病で加療中の71歳男性がふらつきと呂律困難を生じ,右橋及び小脳梗塞と診断された.その1ヶ月後,体が左に傾くようになり,神経学的所見として構音障害と小脳性体幹失調が認められた.心電図は心房細動を示した.頭部MRI拡散強調画像では左右小脳半球及び中小脳脚に高信号病変あり.心原性脳塞栓症に対してダビガトラン300 mg/日の内服を行った.発症第12日目に転院した.72歳時に行った頭部MRI T2*画像では橋にhot cross bun sign(HCBs)を認めた.HCBsの要因として,橋及び両側中小脳脚梗塞による橋小脳路の順行性または逆行性変性(あるいはその両方)が関与したと考えた.
第167回日本神経学会東海・北陸地方会
2023年11月18日(土)
第247回日本神経学会関東・甲信越地方会
2023年12月2日(土)
第242回日本神経学会九州地方会
2023年12月9日(土)
第126回日本神経学会近畿地方会
2023年12月16日(土)
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