抄録
音響技術の機械化以来、新技術は音楽実践に影響を与え続け、それが音響技術研究の主要な研究対象の一つとなっている。本研究は、新しい音響技術の典型事例として初期デジタル・シンセサイザーの一つ、Fairlight CMIに注目し、その日本における受容と定着の過程を明らかにし、さらに、それが80年代日本の音楽シーンに与えた影響を明らかにすることを目的とする。Fairlight CMIの設計者は当初、その製品が強力なデジタル・シンセサイザーとして使用されることを意図していたものの、技術の「解釈の柔軟性」とユーザの主体性の反映の結果、英国においてと同じく日本でも現実にはそのサンプリングとシーケンサーという2つの機能が特に好んで使用されることとなった(Harkins 2015, 2016)。さらに、Fairlight CMIの受容過程はそのような単純な描像にとどまらず、ユーザによってFairlight CMI に対するモチベーション、使用法、認識が大きく異なっていた。本研究では、日本の著名な音楽家や編曲者4名に注目して、Fairlight CMIがどう使用され、どう受容されたか、また、それが設計者の当初の意図とどう異なっていたかを明らかにする。Fairlight CMIの音楽文化への導入は、そのユーザと聴衆に、当時の音楽にかかる美意識と伝統について多くの議論、再考、さらには再定義を引き起こし、最終的に音楽実践を再構築した。Fairlight CMIがユーザによって積極的に設計者の想定と異なる扱いを受けたことで、とくにサンプリングとシーケンスの機能の積極的な使用という点で、音楽文化に影響を与え、最終的にはそれを再構成することになった。