2020 年 53 巻 4 号 p. 270-276
この論文の目的は小麦澱粉の特徴に及ぼす加熱の影響を調べたものである。5種類の異なる乳化剤:3種のモノアシルグリセロール(グリセリンモノステアリン酸エステル(MS),グリセリンモノオレイン酸エステル(MO),グリセリンモノリノール酸エステル(ML))と2種のモノアシルジグリセロール(グリセリンモノステアリン酸エステル(DS),グリセリンモノオレイン酸エステル(DO))で加熱した。加熱条件は150℃で1.0時間,200℃で0.5時間,200℃で1.0時間行った。加熱後,クロロホルムで洗浄し,乾燥した。電子顕微鏡観察において,いずれの試料澱粉も粒表面に変化はほとんどみられなかった。X線回析において,DS中で加熱処理した澱粉以外の試料澱粉はA図形を示した。一方,DS中で加熱処理した澱粉は結晶性が消失した。示差走査熱量測定(DSC)では,乳化剤中で加熱処理した澱粉の糊化に伴う第一吸熱ピークのエンタルピー変化は生の小麦澱粉に比べて減少した。DSCにおいてMSとDOで加熱処理した澱粉の第二吸熱ピークのエンタルピー変化は生の小麦澱粉より増加した。ヨウ素澱粉反応における乳化剤中で加熱処理した澱粉の λmaxとblue valueの値は生の小麦澱粉に比べて低い値を示した。また,乳化剤中で加熱処理した試料澱粉のサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)の溶出パターンは生の小麦澱粉のパターンに比べて高分子ピークの溶出時間が遅延する方向にシフトした。しかし,ピーク変化の程度は乳化剤の種類により異なった。これらの結果から試料澱粉中のアミロペクチンが加熱処理により分解され,またこの分解の度合いは乳化剤の種類により異なることが示唆された。乳化剤で加熱処理した澱粉のグルコアミラーゼによる感受性は生の小麦澱粉より高かった。しかし,モノアシルグリセロール中で加熱処理した澱粉の分解の度合いとモノアシルジグリセロール中で加熱処理した澱粉の分解の度合いは一致しなかった。これらの結果から,乳化剤中で加熱処理した澱粉の分解は加熱処理条件だけでなく,乳化剤のhydrophile-lipophile balance(HLB)や構成脂肪酸の不飽和度のような他の要因も影響すると示唆された。