2020 年 11 巻 1 号 p. 1_62
(緒言)
現在,高齢社会において避けることができないことは運動器系疾患であり,一度不動性を伴う疾病に罹患すると,「健康寿命の短縮」や「寝たきり・要介護」に繋がることが考えられる.2040年以降,本邦の超高齢社会を考える上で,運動器症候群を早期発見,予防するための対策(運動機能評価や介入方法)が必要不可欠である.特に日常生活の礎となるのが移動手段である歩行が最も高次な運動メカニズムある.体重心を前後移動させる推進力に加え,脊柱の柔軟性(左右・上下方向)が存在しないと移動能力としては成立しない.歩行は一定の周期性を持つところであるが,正常な心拍数と同様に,必ずしも規則性があるとは限らない.高齢者の歩行には“不規則性”が存在し,頭部・体幹の左右ブレと歩行のリズムの崩れが一致したとき,転倒のリスクが高まることが考えられる.本研究は,歩行時の効率的な下肢運動機能要因が,転倒・寝たきり予防に繋がる因子になり得るのか否かを分析することとした.
(研究方法)
平成29年度よりほぼ週5回,30分以上の散歩を行い,毎週の運動指導士による健康体操を行っていた11名を平成30年度に追跡し,入院その他により計測できなかった2人,死亡1人を除く,追跡可能だった8名を本研究の対象とした.平均年齢75.8±2.5歳(昨年度は74.3±2.5歳),身長159.4±7.4cm,体重54.0±11.3kgと,身長・体重は昨年度と変化がなかった.
測定課題は,第2仙骨部に歩行システムG-Walk(G-sensor2, BTSBioengineering, Italy)の3次元加速度センサーを貼付し,1辺が15m正方形外周を自己快適歩行速度で6分間歩行するものとした.測定調査は,左右の最大足趾把持力(kg),左右の片脚立位率(%),左右のステップ長(cm),平均歩行速度(m/s),ケーデンス(歩数/分),ストライド長(cm),6分間歩行距離(m),およびロコモ度テストの2ステップ長,台からの片脚・両脚の立ち上がり,アンケートと簡易栄養状態評価(MNA)の13項目とした.統計分析は,平成29年度と本年度の各項目を対応のある比較検定した.なお,有意水準は5%とした.
(結果)
足趾把持力は,左13.7±5.2→12.1±2.7kg,右13.7±5.2→12.1±2.7kgと差はなかった.ストライド長は,左186±0.2→164±0.2cmと有意差がみられた(p<0.05).歩行速度は,2.0±0.4→1.8±0.7m/sと差は見られなかった.しかし,ケーデンスは130.3±10.5→135.2±8.7(歩数/分)と有意差こそ勿かれども,わずかに高い傾向が示された.
一方, ロコモ度をみると, ステップ長1.28±0.1→1.31±0.1と差がなかった.片脚立位,両脚立位を詳細に調べると,片脚立位で30cm台から可能だった2人が1人に減少し,元からできない人が1人から2人に増えていた.また両脚立位も20cmから立ち上がる人が5人から4人に減り,30cm台のできる者が1名増えていた.ロコモ度アンケートおよびMNAについて差はみられなかった.
(考察)
運動習慣がある75歳前後の高齢者を1年間追跡し,身体機能に差がなかったが,歩行能力に差が見られた.特にストライド長に有意差があり,加齢に伴って短縮することが考えられる.一方,ケーデンスが増すことで歩行率を上げ,歩行速度を維持する傾向にあることも明らかとなった.その裏付けとしてロコモ度テストの片脚立位,両脚立位で低下している人が増える傾向にあった.
現在,健康寿命を延ばそうと考え,様々な取組が各所で行われているが,単純に筋力強化,バランス訓練等々を行うこともよいかも知れないが,高齢者個々の能力に見合った運動や理学療法を考慮し,実施することが肝要であると考える.本研究の問題点は,8人と症例数が少ない中での結論を導き出すことは難しく,症例数を3桁単位で集める必要があるものと認識している.
(倫理規定)
本研究は本学研究等倫理委員会の承認を得て実施したものである(2018-10).なお,本研究について申告すべきCOIはない.