2025 年 16 巻 1 号 p. 1_150
(緒言)
すくみ足を有すると訴えるパーキンソン病患者では,障害物を回避する際にゴール地点の視線停留時間は短縮し,直近の歩行路,足下や障害物を固視する傾向がある(Hardeman et al, 2020).興味深い現象として,すくみ足が実際に発現しない試行に関しては,歩行路のゴール地点への視線停留時間が延長していた症例が存在したと報告している.このような,すくみ足の出現の有無による比較は症例検討であるため,その一般性を確かめる必要がある.そこで,パーキンソニズムによりすくみ足を訴える症例を対象に,すくみ足が出現した際の視線行動について調べることを目的とした.
(研究方法)
対象は,すくみ足の症状を有すると訴える,国立精神・神経医療研究センター病院でパーキンソン病または進行性核上性麻痺と診断を受けた者とした.参加者はドアで作られた隙間の5m手前に立ち,30秒間静止立位で観察した(静止立位課題)後に歩行を開始し,ドアの隙間(肩幅と同じ幅)をぶつからないように合計6試行通過した(隙間通過課題).アイマークレコーダ(EMR-9,NAC社製)を用い,課題中の視線行動を測定し,視線区分:①歩行路,②ドア,③隙間,それぞれの注視時間を測定した.歩行課題時の各視線区分における,すくみ足あり試行となし試行の比較をするために,ウィルコクソンの符号付き順位検定を行った.また,静止立位または隙間通過課題における各視線区分の比較には,フリードマン検定を実施し,有意差があった場合,多重比較を行った.有意水準はそれぞれ5%未満とした.
(結果)
進行性核上性麻痺3症例が参加した(平均年齢71.3±4.2歳).隙間通過課題において,症例Aは6試行中3試行,症例Bは0試行,症例Cは2試行のすくみ足がみられた.すくみ足あり試行となし試行を比べると,すくみ足あり試行ではドアの注視が有意に短く(p=0.043),隙間の注視が有意に長かった(p=0.043).また,隙間通過課題におけるすくみ足なし試行では,各視線区分における注視時間の差はなかったが,すくみ足あり試行では有意差がみられた(p=0.010).下位検定の結果,歩行路に比べて,隙間を注視する時間が長かった(p=0.022).静止立位課題において視線区分による有意差はなかった.
(考察)
今回,パーキンソニズムによりすくみ足を呈した進行性核上性麻痺3症例の障害物回避時の視線計測を行った.すくみ足は全試行の28%(5/18)で見られた.すくみ足が出現した試行では,ドアや歩行路よりも隙間を注視しやすいことが分かった.歩行路や障害物を注視するという先行研究とは異なる結果であったが,すくみ足なし試行や,静止立位では,ドアや歩行路も含めてまんべんなく観察をしていたことを考慮すると,視線がどこかに固定されてしまう現象は,すくみ足あり試行における特徴であることが示唆された.この視線の固定により,患者は障害物回避に必要な空間情報を十分に得られず,結果としてすくみ足が誘発されている可能性がある.つまり,視覚的な情報収集の不足が,安全な歩行のための意思決定を困難にし,すくみ足の一因となっているのではないかと考えられる.
(限界)
本研究は3症例の検討であるため,今後は症例を増やして検討する必要がある.パーキンソン病患者等は眼球運動障害などの影響で,他にも7例計測を試みたが,データの取得が困難な状況であった.今後は,眼球運動障害の評価をしつつ,測定可能な症例を絞り込んでいく必要がある.
(倫理規定)
本研究は本学の倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号2022-12).
(研究成果の公表)
症例Aのシングルケーススタディを,第18回パーキンソン病・運動障害疾患コングレスにて発表した.