2021 年 23 巻 2 号 p. 279-293
ゲンジボタル(Luciola cruciata)は,観光資源や環境指標種として注目されるが,近年,都市化などの人為的影響や大規模な出水による攪乱で個体数は減少しているとされる.保全に不可欠なゲンジボタルの個体数調査は,成虫を目視計数することが多く,幼虫の捕獲調査は破壊的であるため避けられている.本研究では,環境 DNA 分析用の種特異的なプライマーセットを設計し,野外でのゲンジボタル幼虫の定量の可否を検証することで,幼虫の非破壊的な定量調査を提案する.さらに,ゲンジボタルの個体群サイズを制限するイベントを探索することが可能か否かを検証する第一歩として,前世代と同世代の成虫個体数を同地点で計数し,環境 DNA 濃度との関係も調べた.データベースの DNA 配列情報を基に,ゲンジボタルの DNA のみを種特異的に増幅させる非定量プライマーセットⅠ,定量プライマー・プローブセットⅡを設計した.種特異性は,当該種ゲンジボタルおよび最近縁種ヘイケボタルの肉片から抽出した DNA で確認された.定量性は,両種を模した人工合成 DNA の希釈系列に対する定量 PCR によって確認された.プライマー・プローブセットⅡが野外にも適用可能かを確認すべく,2018 年 11 月に野外で採取された環境水に由来する環境 DNA 試料に対して定量 PCR を行った.その結果,環境 DNA 濃度と同時期に捕獲された幼虫個体数との間には正の関係が示された.最後に,幼虫捕獲数および環境 DNA 濃度,その前後の繁殖期の成虫個体数との関係を調べたところ,幼虫捕獲数と前後の成虫個体数には関係は得られなかった.一方,同時期の環境 DNA 濃度との間には負の関係すら得られた.これらの不一致は,長い幼虫期に個体数変動をもたらすイベントが存在することを示唆している.本研究は,野外において,ゲンジボタル幼虫の個体数と環境 DNA 濃度が正相関することを示した初の報告である.今後,幼虫期の定期モニタリングが可能となり,個体数変動を起こすイベントの探索が期待される