2021 年 24 巻 1 号 p. 111-126
原生的氾濫原と水田水域との対比から,水田水域の整備水準と魚類の繁殖との関係を,後背湿地における冠水頻度と比較しながら論じた.伝統的な水田水域は多様な環境と階層性を持つ水域を内包し,かつ排水能力が低いために梅雨の降雨時に水田も広く冠水して魚類が河川等から繁殖のために進入する機会が多い.こうした特性が氾濫原水域に近く,多様な魚類の繁殖を支えていると考えられた.一方,整備済みの水田水域では水路密度の低下,排水機能の強化と落差による水域間の分断,これらに伴う階層構造の単純化,水路環境の単純化によって氾濫原水域としての特性が大きく変容していると考えられた.
水田水域は多くが個人の土地かつ生業の場であること,維持管理の主体が農家であることにより,魚類を含む生物の保全に取り組むことを難しくしていると考えられる.そうした中で,整備済みの水田水域に後から魚道を設置した事例,休耕田の湛水やビオトープの造成により魚類の保全を図った事例,都市近郊の伝統的な水田水域の保全事例を紹介した.最後に,近年の水田水域を取り巻く社会状況の変化を踏まえた水田水域における魚類の保全の在り方について筆者の考えを述べた.