抄録
低塩分の汽水湖では, 塩分の増加が湖水の富栄養化と沈水植生の衰退を招くことが報告されている. しかし, 河口域に位置する塩分の高い汽水湖においては, このような塩分増加に応じた生態系の変化は明らかにされていない. 本研究は河口域に位置する中海において, 塩分の時空間的な増加が湖水の富栄養化と藻場の衰退を導くのかどうかを明らかにした. 資料収集・資料解析・現地調査により (1) 過去21年間 (1984-2004年) の夏季 (7・8月) の湖心における塩分の変化に応じた栄養塩濃度 (TN・TP・DTN・DTP) とChl.a濃度, および透明度 (セッキ板深度) の変化, (2) 夏季 (7・8月) の沿岸域15地点における塩分の変化に応じた栄養塩濃度 (DTN・DTP) とChl.a濃度, および透明度の変化, (3) 夏季の沿岸域15地点における塩分の変化に応じた藻場の構造 (分布の下限深度・種数・各出現種の被度) の変化を調べた. その結果, 低塩分の汽水湖沼とは反対に, 中海では塩分の高い年に水質が改善される傾向 (TN・DTN・Chl.a量の減少と透明度の向上) が示された. 同様に, 沿岸域15地点を対象とした調査結果からも, 塩分の高い地点ほど水質が良好である (DTN・Chl.a量の低下と透明度の向上) 傾向が認められた. さらに, 塩分の高い地点・年には藻場が発達する傾向 (垂直分布の拡大・出現種数の増加・一部の出現種の被度増加) が, 沿岸域15地点における2年間の観測結果から示された. 本研究が明らかにした, 高塩分の汽水湖 (中海) における塩分の増加に応じた水質の変化, および藻場の構造変化は, これまでに低塩分の汽水湖で認められたパターンとは正反対であった. この結果は, 湖水の塩分増加は汽水湖沼において水質や植生に代表される様々な生態系要素に変化を生じさせるものの, その変化パターンは汽水湖の立地条件 (海からの距離) に応じて大きく異なることを強く示唆している.