抄録
本稿は,マレーシア・サラワク州(ボルネオ島)での調査をもとに,イバンと呼ばれるエスニック集団の農村―都市間移動の一端を紹介した上で,彼らの移動を考察するための三つの視角を提示する.具体的には,地方都市と後背農村を含んだ調査対象地域の設定,都市と農村の区分を曖昧化する移動者そのものへの注目,そして,農村社会の安定性・定住性を前提とした考え方(セデンタリズム sedentarism)に対する批判の3点である.これらは,イバンの生活世界の総体を現代的文脈のなかでとらえることを可能にするだけではなく,東南アジアにおける諸エスニック集団の農村―都市間移動を再考するために不可欠な視点である.そして,こうした視点は,特定のエスニック集団を考察対象とする場合の,地理学的研究と人類学的研究との接合可能性をも示唆するものである.