2026 年 128 巻 p. 97-113
埋もれた登場人物たち
モーパッサン『女の一生』における「付随的人物」
伊藤 椋
19世紀レアリスム小説の特徴は、登場人物の多様性にある。実際、これに関する研究は枚挙に暇がない。だが、従来の研究は物語の主要人物(personnage principal)と副次的人物(personnage secondaire)の分析に偏重しているきらいがある。そこで本稿では、主要人物と副次的人物の蔭に埋もれた登場人物に焦点を当て、彼らが物語内でいかなる機能を果たすのかを考察する。そのうえで、付随的人物(personnage accessoire)という新たな類型を提唱することをめざす。
上の目的のもと本稿は以下の構成をとる。まず、付随的人物の定義をおこなう。その際モーパッサンのあるテクストに注目する。そこで彼は、芸術作品の重要性を「ささいなもの」「取るに足らない細部」「俗的な事物」のなかに見いだしている。本稿の主張は、この引用を登場人物に適用することで、目に留まりづらい端役にこそ、作品の重要性を読みとるべきだとする点にある。
次に、この新たな類型を命名するにあたって「付随的(accessoire)」という形容詞を選択した正当性を説明する。さらに肝要となるのは、付随的人物が作中のどこで、どのように出現(occurrence)するかに注目することである。その結果、物語構成における付随的人物の影響と位置付けを緻密に分析できるようになる。
最後に、「付随的人物」の作中における機能を、『女の一生』に登場するマリユスとリゾン叔母を取り上げ、その「出現」の描写を分析する。最初の出現は、彼らを読者に初めて印象づける特権的瞬間である。一方で最後の出現は、それまで定まりきらなかった付随的人物の立ち位置が最終的に明確化する瞬間となる。
以上のような「付随的人物」に着目した登場人物の類型分析からは、モーパッサンの物語論研究を深化させる新たな光がもたらされることはもちろん、彼の小説家としてのたぐいまれな技巧の意義を剔抉することにもなるはずである。さらに本稿の試みによって、レアリスム小説における登場人物の概念と機能に新たな視座を開拓することにつながるだろう。