近年,理科教育では,子どもたちに野外で自然の事象を直接経験させる学習が重視されている。しかし,野外学習に関する系統的な研究は行われていない。そして,経験にもとづく勘と思いつきによって指導計画がたてられている。特に,野外学習で必らず直面する筈の空間環境の認知については基礎的な研究の例すらほとんど無い。そこで,筆者は心理学の研究者の協力を得て,小学校5,6学年の児童(同じ児童を2年問継続)を対象に,比較的閉じた空間環境である秋)I渓谷(東京都五日市町)と360度の視界がきく丸岳(箱根外輪山の主峰)の山頂で,空間認知の過程を明らかにするための2つの野外実験を行った。これらの実験では,空間環境の経験のさせ方を変えたり,インストラクションを変えて認知地図をえがかせ,その地図を構成するいくつかの要素について分析的に研究した。その結果,子どもたちの空間環境の把握に関して次のような知見を得ることができた。1) 秋川渓谷沿いに歩かせたあと,全体の景観がとらえにくいところで地図をえがかせたところ,大部分の児童は,環境を構成する諸要素を真上から見たかたちでとらえ,いわゆる地図のような図をえがくことができた。しかし,これに対して,同じ児童に高い所から秋川渓谷を見下ろしながら地図化させたところ,遠近画法でえがいたような図になってしまった。2) 真上から見るような視点によってえがかれた地図では,ランド・マーク(地図作成のために指示した指標)間の距離の比率が比較的正確にとられている。3) 丸岳山頂からの地図化では,多くの児童は環境構成物を斜め下に見下ろし,それらが自分の現在位置をとりかこむように,星形に配置させた図をえがいている。4) 丸岳山頂での地図化では,現在位置がどんなところでまわりにどんなものが見えたかを家族に知らせられるような地図をえがけと指示したグループと,ただ,地図をえがけと指示したグループに分けて実験した。このインストラクションの違いのため,前者のグループは後者のグループに較べて,ランド・マークの配置が正しく,また,ランド・マークに対するコメントが多い結果になった。