1983 年 24 巻 2 号 p. 67-74
最近再び,科学教育への科学史の導入が注目されてきたがその意義・目的の深い理解なくしては実を上げることはできない。そこで本稿では,第 2次大戦直後J.B.コナントが大学一般教育科学コースの1つのアプローチとして創案した「科学事例史法」をとりあげその目的を初めとする基本理念を考察し,以下の諸点を明らかにした。なお彼の所論は以後の中等段階におけるHOSCやHPPの原点であり,我が国での科学史導入の議論にも少なからぬ影響を及ぼしてきたものである。(1)コナントが,更なる科学理解を求め. 「科学事例史法」を創案した目的は3つあった。a.急激な科学技術の発達は人々の精神的混乱を招いたが,これを解消するためには,科学を文化の内に同化し,人々の間の知的交流を促進しなければならない。b.技術が生活に深く浸透してきた今日,民主社会におけるよりよき公共政策の策定のために主体的に参加し得る市民の育成が急務である。c.科学において驚異的成果をあげてきた諸方法はどの程度他の分野に移せるか等の議論を建設的なものとする土台として科学の諸方法の理解を図る必要がある。(2)しかし従来の一般教育科学コースは,事実的知識を過度に強調し,容易に定義できる形式的機械的な諸操作という科学の方法観に立脚していた。そこには,科学と他分野とを統合する要素が欠如し,リアルな科学理解は望むべくもなかった。(3)そこで,科学を「人間による冒険的な営み」,「組織化された社会的活動」と観るコナントは,近代科学生成期から選んだ事例を綿密に研究するという「科学事例史法」を創案するに至ったのである。この方法の長所は,事実的知識・数学的知識が比較的少なくて済み,科学という人問の営みに明るい照明を当てることができる点であった。