抄録
虚血による細胞死は,急激な血流の遮断によるエネルギー不全に起因する不可逆的な細胞死と考えられがちである.しかしながら虚血負荷には熱ショックタンパク(HSPs)などのストレスタンパクの発現が伴い,あらかじめ非致死的な虚血負荷を加えることにより,虚血に対する耐性を誘導しうることなどが報告されている.新規ストレスタンパクORP150(150 kDa oxygen regulated protein)は小胞体に局在する熱ショック類縁タンパクであり,これを欠く細胞では小胞体ストレスで細胞死が加速される.ヒトおよびげっ歯類の脳虚血で,ORP150は神経細胞に誘導もされるが,その発現量は少なく,発現期間はグリア細胞に比べて短い.一方,ORP150を強制発現させた神経細胞は低酸素環境に対して抵抗性を示し,さらに,そのトランスジェニックマウスの神経細胞は明らかに虚血に対して抵抗性を示す.ORP150を強制発現させたトランスジェニックマウスでは虚血ストレスだけでなく,グルタミン酸に対しても抵抗性を示す.これに反して,ORP150ノックアウトマウスでは,同部位で明らかにグルタミン酸に対する感受性が亢進していた.以上より小胞体ストレスの救済によって脳虚血だけでなく,様々な変性疾患にみられる神経細胞死を制御しうることが示唆される.神経細胞死などの臓器障害は複合ストレスに対する細胞応答の最終像であると考えるべきであり,細胞外環境の変化に対するストレス応答の究明はこれら疾患の治療に直結する.本稿では生体におけるストレス応答の主役であるストレスタンパクの脳虚血における役割に関して考察する.