抄録
漢方薬を用いた診療はすでに広い領域に応用され,そのエビデンスも少しずつ構築されつつあるが,循環器領域における漢方薬応用に関する研究の発展は今後一層必要とされる.漢方薬,および生薬のもつ血流改善作用は末梢の冷えやむくみなどの改善に応用されてきたが,これまで一般治療薬(西洋薬)による治療が中心であった高血圧や慢性心不全のような疾患にも応用できる可能性が判明してきた.高血圧に関しては,釣藤散(ちょうとうさん),黄連解毒湯(おうれんげどくとう)の臨床報告がなされている.慢性心不全では,木防已湯(もくぼういとう)によって慢性心不全を改善する可能性が示唆されている.木防已湯の薬理作用を基礎医学的に検討した結果,木防已湯は心筋に対して抗不整脈作用をもち,木防已湯の含有生薬成分であるシノメニンは心筋保護作用を表わすことが解明された.木防已湯は血管緊張を調整する作用があり,投与前の血管緊張の度合いによって収縮作用か,弛緩作用を示す.木防已湯の作用は血管内皮依存性と平滑筋の弛緩作用機序に起因しており非常に複雑である.木防已湯の血管弛緩作用と,含有成分であるシノメニンの弛緩作用を比較すると,シノメニンは老齢ラットに対して弛緩作用が減弱するが,木防已湯は老齢ラットでもその弛緩作用を保持していた.その詳細な機序は今後の検討が必要であるが,木防已湯に含有する複数の生薬成分による複雑な相互作用の結果,木防已湯は薬理作用の加齢変化を受けにくくなっていると推測された.我々の臨床医学的検討では例数は少ないが,高齢者の慢性心不全を改善し肺動脈圧を低下させることを明らかにした.漢方薬は他の西洋薬のようなコントロールを設定した二重盲検法試験の実施が難しい薬物であるため,臨床的エビデンスの構築は遅れているが,基礎医学的な研究とともに今後は臨床データが積み重ねられEBMがさらに蓄積されることが期待される.