細胞外液中のカルシウムイオン(Ca
2+)濃度([Ca
2+]
e)のわずか数%の変化を副甲状腺が鋭敏に感知し,副甲状腺ホルモン(PTH)分泌が速やかに変動する.その結果,腎,骨,腸管でのCa出納が制御され,[Ca
2+]
eの恒常性が維持されている.この副甲状腺が有する[Ca
2+]
eの感知機構の本体として,1993年にクローニングされたのがカルシウム受容体(CaR)であり,7回膜貫通Gタンパク共役型受容体(GPCR)の構造をとる.副甲状腺細胞表面上のCaRにポジティブ アロステリック モジュレーター(positive allosteric modulator)として作用し,[Ca
2+]
eが上昇した場合と同様に,PTH分泌を強力に抑制する薬理作用を有する化合物をCaR作動薬(calcimimetics)と称する.シナカルセト塩酸塩(シナカルセト)は,現在,臨床使用されている唯一のcalcimimeticsであり,慢性腎不全の合併症の一つで,過剰なPTH分泌の亢進状態で特徴付けられる二次性副甲状腺機能亢進症(2HPT)の治療薬として開発された.2HPTを呈する慢性腎不全ラットを用いた薬効薬理試験において,血中PTH低下,Ca低下,副甲状腺細胞増殖抑制,線維性骨炎発症抑制,骨密度・骨強度低下抑制,血管石灰化発症抑制などの薬理作用が認められている.また,透析施行中の2HPT患者において,血中PTH低下,Ca低下,リン(P)低下,骨代謝マーカー低下といったミネラル代謝異常に対する改善作用のみならず,生活の質(QOL)の改善や心血管系疾患が原因での入院イベントの発生低下などの有用性も認められている.シナカルセトは,維持透析下の2HPTを適応症として,本邦では2007年10月に製造販売承認を受け,2008年1月より,レグパラ
®錠(25 mg・75 mg)として臨床使用されている.その優れた血中PTH低下作用に加えて,既存の2HPT治療薬であるビタミンD(VD)製剤の副作用(血中Ca,P上昇作用)とは相反する作用を有するという点で,2HPT治療のいわば特効薬として期待されている.また,薬理学的見地からも,無機イオンであるCa
2+を内因性リガンドとする受容体を標的とする点や,GPCRに対する世界初のアロステリック モジュレーターであるという点において,特筆すべき薬剤であるといえる.
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