抄録
唾液は唾液腺から口腔内に分泌され,生体防御機能を担う生理活性成分を含むことが知られている.唾液腺の基礎研究が深まり,生体防御に関わる唾液分泌機序の解明とともに,唾液中の生理活性成分を極小量で正確に計測できる技術開発を用いることにより,生体の防御機能,すなわちストレス生体応答を可視化できる可能性がある.ストレスは,ストレス学説に基づき,脳内の神経伝達物質や血中ストレスホルモンを計測することによりストレス状態を評価できると考えられるが,特に健常者の場合,侵襲的な試料採取は非常に大きな外部ストレス刺激となり,正確なストレス評価ができない本質的な矛盾がある.代替試料として,血液成分を反映している唾液が注目されている.唾液中の生理活性成分の簡便迅速なバイオチップ開発が,唾液腺の基礎研究分野のみならずストレス負荷被験者実験などの人間工学や精神神経疾患の臨床研究分野で待望されている.ストレスに関する科学的に根拠のある生体指標として唾液ストレスマーカーが確立され,さらに,ストレスマーカーを正確に計測できるバイオチップ技術が開発されれば,精神疾患に至るかなり早期に,唾液を用いたストレス評価が精神疾患の未病マーカーとして利用されるポテンシャルを秘めている.本稿では,本研究開発の社会的背景,ストレスに関するストレス学説を概説し,現状のストレス計測評価法を俯瞰的に解説した.基礎研究,人間工学,臨床研究分野向けに,我々は,唾液中の生理活性成分である唾液ストレスマーカー候補を一滴で計測できるバイオチップ研究開発を進めている.ここでは,特徴的な研究開発例を2つ取り上げ,具体的な研究開発例の狙いと研究開発成果の一端を紹介する.