日本薬理学雑誌
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特集 生体機能の多階層的理解と創薬研究への応用
蛍光相互相関分光法を用いた生細胞内解離定数の定量
青木 一洋
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2016 年 147 巻 2 号 p. 74-79

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抄録

細胞は増殖因子やホルモンといった細胞外の入力シグナルを感知し,その情報は細胞内のシグナル伝達分子を介して処理され,最終的には表現型へと出力される.この細胞内の情報処理機構は「細胞内シグナル伝達系」と呼ばれる.細胞内シグナル伝達系の実体は,分子と分子の結合や解離,酵素反応といった物理化学的な化学反応と拡散の連鎖である.素反応は反応速度論的に常微分方程式で記述でき,拡散に関しては偏微分方程式で記述することができる.これらの微分方程式は計算機で適切なパラメーターを入力し計算することで数値解を得ることができる.したがって,原理的には細胞内シグナル伝達系の全構成因子の時間的,空間的なダイナミクスをすべて計算することが可能である.しかしながら,数値計算に必要となるパラメーター,つまり分子の初期濃度や反応速度論的な速度定数の情報が圧倒的に不足しており,細胞内シグナル伝達系を定量的にシミュレートすることが現状では難しい.このような状況を鑑み,著者らは細胞内シグナル伝達系の反応に関わるパラメーターを自分たちで実測し,そのパラメーターを使って定量的な細胞内シグナル伝達系のシミュレーションモデルを構築する,というボトムアップ的なアプローチで研究をすすめてきた.その一環で,著者らは,蛍光相互相関分光法(fluorescence cross-correlation spectroscopy)という方法を用いて生きた細胞内で解離定数を効率的に測定する方法を開発した.これにより,EGF-Ras-ERKシグナル伝達系に関与する20個以上の相互作用の解離定数を測定した.興味深いことに,生きた細胞内で測定された解離定数は,試験管内で測定された解離定数よりも1~3桁大きい,つまり結合しにくいことが分かった.これは細胞内では競合阻害による影響が非常に大きいことを示唆している.

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