日本薬理学雑誌
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147 巻 , 2 号
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特集 生体機能の多階層的理解と創薬研究への応用
  • 青木 一洋
    2016 年 147 巻 2 号 p. 74-79
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/02/10
    ジャーナル フリー
    細胞は増殖因子やホルモンといった細胞外の入力シグナルを感知し,その情報は細胞内のシグナル伝達分子を介して処理され,最終的には表現型へと出力される.この細胞内の情報処理機構は「細胞内シグナル伝達系」と呼ばれる.細胞内シグナル伝達系の実体は,分子と分子の結合や解離,酵素反応といった物理化学的な化学反応と拡散の連鎖である.素反応は反応速度論的に常微分方程式で記述でき,拡散に関しては偏微分方程式で記述することができる.これらの微分方程式は計算機で適切なパラメーターを入力し計算することで数値解を得ることができる.したがって,原理的には細胞内シグナル伝達系の全構成因子の時間的,空間的なダイナミクスをすべて計算することが可能である.しかしながら,数値計算に必要となるパラメーター,つまり分子の初期濃度や反応速度論的な速度定数の情報が圧倒的に不足しており,細胞内シグナル伝達系を定量的にシミュレートすることが現状では難しい.このような状況を鑑み,著者らは細胞内シグナル伝達系の反応に関わるパラメーターを自分たちで実測し,そのパラメーターを使って定量的な細胞内シグナル伝達系のシミュレーションモデルを構築する,というボトムアップ的なアプローチで研究をすすめてきた.その一環で,著者らは,蛍光相互相関分光法(fluorescence cross-correlation spectroscopy)という方法を用いて生きた細胞内で解離定数を効率的に測定する方法を開発した.これにより,EGF-Ras-ERKシグナル伝達系に関与する20個以上の相互作用の解離定数を測定した.興味深いことに,生きた細胞内で測定された解離定数は,試験管内で測定された解離定数よりも1~3桁大きい,つまり結合しにくいことが分かった.これは細胞内では競合阻害による影響が非常に大きいことを示唆している.
  • 任 書晃, 吉田 崇正, 村上 慎吾, 上塚 学, 緒方 元気, 倉智 嘉久, 日比野 浩
    2016 年 147 巻 2 号 p. 80-83
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/02/10
    ジャーナル フリー
    空気の振動である音は,内耳蝸牛に存在する音の感覚細胞である有毛細胞を振動させる.この時,有毛細胞の毛に存在するイオンチャネルが開口し,常時+80 mVを示す特殊な内リンパ液からイオンが流入する.この「内リンパ液高電位」は,有毛細胞の興奮に不可欠であり,蝸牛側壁の血管条が成立させる.Na,K,2Cl共輸送体(NKCC)やNa,K-ATPaseの阻害薬は,内リンパ液高電位を低下させることで,薬剤性難聴を惹起することが報告されているが,その電位低下のメカニズムは明らかにされていなかった.我々はこれまでに,血管条に発現するNKCCとNa,K-ATPaseが制御する内リンパ液高電位成立機構を電気生理学的手法により示し,さらに蝸牛内の多階層イオン輸送モデル「Nin-Hibino-Kurachi(NHK)model」の構築とコンピュータシミュレーションによって,阻害薬を経動脈的に投与した時に起こる内リンパ液高電位低下のメカニズムを説明した.血管条に隣接し,その一部と一体化しているらせん靭帯を構成する線維細胞にも,NKCCとNa,K-ATPaseが発現していることが知られているが,薬剤性難聴時のこれらの関与は不明である.近年我々は,らせん靭帯ではおもにNa,K-ATPaseが,K輸送とK濃度バランスに寄与すること,そしてNKCCはほとんど機能していないことを明らかにした.これらに基づいて,NHKモデルを改訂した.今後シミュレーションを行うことにより,輸送体阻害薬の経動脈投与の実験結果を正確に再現することが期待される.
  • 辰巳 佐和子, 宮本 賢一
    2016 年 147 巻 2 号 p. 84-88
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/02/10
    ジャーナル フリー
    無機リン酸(Pi)は生体にとって必須のイオンであり,エネルギーの中間代謝,糖,タンパク質,脂質,核酸代謝,酵素活性の調節,細胞内シグナル伝達,骨格形成の基質など多数の生理機能を有している.血中リン濃度は,おもに腸管吸収,骨代謝(骨形成・吸収),腎臓における排泄と再吸収により維持されている.腎臓からの再吸収能は,リン恒常性維持に重要な役割を果たしているため,その調節は生体内リン恒常性維持の中核と考えられている.これまでの研究から,腎臓尿細管におけるリン再吸収・排泄を制御する巧妙な調節系が存在し,複数の臓器と相互作用していることが分かってきた.とくに,慢性腎臓病(CKD)では,骨と腎臓を結ぶリン代謝系に異常が観察され,CKD早期から骨細胞における線維芽細胞様増殖因子23(FGF23)の発現は亢進し,リン過剰を呈していることが報告されている.また古くより,肝臓がん患者や生体肝移植のドナーに肝臓切除手術を施すと,術後急激に,腎臓によるリン排泄亢進に起因して低リン血症を呈することが知られていた.最近,これらの原因が検討され,肝臓と腎臓を結ぶリン代謝系が明らかにされた.肝臓切除後の尿中リン排泄亢進の原因は,何らかの因子によるNamptの活性化を介した腎臓内ニコチンアミド代謝促進である可能性がわかった.本稿では,新しいリン調節経路を加えて,腎臓を中心とした多臓器にわたるリン恒常性維持機構について概説する.
  • 苅谷 嘉顕, 本間 雅, 鈴木 洋史
    2016 年 147 巻 2 号 p. 89-94
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/02/10
    ジャーナル フリー
    臨床現場における薬物副作用出現は,その症状に伴った臨機応変な対応が求められるのみならず,減量や休薬などにより治療効果を減弱させる場合があり,大きな問題となっている.そのため,治療効果を減弱させないマネージメント法の提案や,開発段階から副作用を回避する薬物を探索する手法構築は極めて重要な課題である.しかしながら,薬物副作用は,主作用と異なり起因分子が明確でないことが多いため,メカニズム解明やその出現予測は一般に困難である.本稿ではまず,副作用解析アプローチを,チロシンキナーゼ阻害薬erlotinibやsunitinibに対する副作用解析を具体例として紹介している.これらの薬物副作用解析において,生体を分子レベル,細胞レベル,組織レベル,個体レベルと階層性に基づき理解し,ベースと考えられる分子レベルでの薬物親和性に関する網羅的解析により,副作用を誘導する候補分子を同定し,システム生物学的手法により細胞レベルでの応答を理解することで,副作用メカニズムを同定することが可能となった.このアプローチを,より広範な薬物副作用解析に応用するためには,複雑なシステムである細胞内分子ネットワークの〝動的〟挙動解析に関する技術開発が今後の課題と考えられた.また,副作用予測に関しては,副作用発現に関わる細胞レベルでの網羅的で複雑な分子連関を解析することにより予測可能と期待されるが,このアプローチにおいても複雑システムの解析が重要となることが想定される.〝動的〟挙動解析は,副作用解析および予測のどちらにおいても強力なツールとなると考えられるが,これまでの解析技術では,シミュレーションモデルにおけるパラメータの信頼性や解析対象モデルの複雑性による解析困難といった課題がある.これらの克服が,副作用解析および副作用予測へのブレイクスルーになると考えられる.
  • 山下 富義
    2016 年 147 巻 2 号 p. 95-100
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/02/10
    ジャーナル フリー
    代謝酵素を介した薬物間相互作用は薬物療法上大きな問題となっており,医薬品開発段階でもその予測・評価が求められている.生体の階層構造を考慮した生理学的速度論モデルはin vitro-in vivo補外予測に有効であり,医薬品開発ガイドラインの中でもモデリング&シミュレーションの一手法として活用が推奨されている.しなしながら,酵素誘導を伴う薬物間相互作用に関しては,遺伝子の転写・翻訳を伴う現象であることから予測はかなり難しい.筆者らは,CYP3A4の強力な誘導薬であるリファンピシンを例として,生理学的速度論モデルと酵素誘導ダイナミクスとを組み合わせて酵素誘導による薬物間相互作用の予測に成功した.さらに,この薬物間相互作用モデルを,近年活発に開発が進められているシステムバイオロジー関連のオープンプラットフォーム(CellDesigner/PhysioDesigner)上に再現した.これらのプラットフォームはモデルの共有・再利用性に優れており,現在注目を集めているシステム薬理学研究に有効なツールとなる.
総説
  • 舟橋 啓, 広井 賀子
    2016 年 147 巻 2 号 p. 101-106
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/02/10
    ジャーナル フリー
    生命現象の理解には個別のコンポーネントについての理解に加え,それらの統合されたふるまいを知る必要がある.このような様々な分子のダイナミクスの背景にあるメカニズムを理解する上で強力なツールとなるのが数理モデルである.システムバイオロジーでは,数理モデルを用いて生命現象を司るメカニズムを理解する手法を頻用する.歴史的には解析的に解くことが可能なモデルが用いられたが,コンピュータの発達により,常微分方程式モデル,偏微分方程式モデル,確率モデル,これらのハイブリッドモデルなど多岐に渡る形式で記述されたモデルを数値計算によって解くようになった.こうした背景から,作成したモデルの正しい挙動を数値的に得るための,正確な数値計算技術が不可欠の要素となっている.本稿では,各モデル化手法の特徴を概説した後,システムバイオロジー研究において広く利用されている代表的なアプリケーション(シミュレータ)について,ソフトウェアの全体像から実装されているアルゴリズムまで,原典を挙げて解説する.数値計算手法の実装内容を正確に知ることは,ユーザにとってはモデルが備えるべき内容を理解し,結果を正しく解釈するために有用となる.また開発者にとっては,不必要な重複を避け,新しいブレークスルーを実現するための技術が何であるか,自らの創造性の発端を得るためにより重要な知識となるだろう.
  • 垣野 明美, 沢村 達也
    2016 年 147 巻 2 号 p. 107-113
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/02/10
    ジャーナル フリー
    動脈硬化の進行は,血管だけでなくその灌流する臓器の機能にも直接関わり,臓器障害を引き起こす.コレステロールと動脈硬化の関連は確立されており,中でも酸化などの修飾を受けた変性LDLが動脈硬化進行の重要な要因である.血管内皮の酸化LDL受容体LOX-1(lectin-like oxidized LDL receptor 1)は,変性LDLと結合することで血管内皮障害を引き起こし,動脈硬化性疾患の進展と発症を促進する.これまでの研究で,LOX-1は動脈硬化の初期段階から発現が上昇し,LOX-1の抑制により心血管疾患の症状を改善することが明らかになっている.最近の疫学調査により,血中のLOX-1リガンド(LOX-1 ligand containing apolipoprotein B:LAB)が動脈硬化性疾患の発症リスク評価に有用である可能性が高まってきている.また,ヒトの血液中に存在しLOX-1に結合する変性LDL様物質L5が明らかになり,L5がLOX-1を介してST上昇心筋梗塞(ST-elevation myocardial infarction:STEMI)の病態悪化に関与していることがわかってきた.このように内在性のLOX-1リガンドと疾患の関連が明らかになってきている一方,細胞膜上では,LOX-1がアンジオテンシンⅡ受容体のAT1と複合体形成をすることがわかってきた.これにより,細胞内シグナル伝達を介したLOX-1の作用については,AT1を介したアンジオテンシンⅡと似た形で機能する可能性が示唆される.
実験技術
  • 浅井 義之, 安部 武志, 北野 宏明
    2016 年 147 巻 2 号 p. 114-119
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/02/10
    ジャーナル フリー
    近年,フィジオーム・システムバイオロジーと呼ばれる分野がめざましい成果をあげている.還元主義的生命科学の成功から得られた膨大で精密な実験データに基づいて構築された数理モデルが果たした役割が大きい.生体システムに含まれる要素の多さ,関連の複雑さ,非線形性などのため,データに基づく思考実験からその機能発現のメカニズムを推定することは難しい.このため,タンパク質レベルから臓器・個体レベルまで,各階層における,あるいは階層横断的な生理機能を定量的に記述し,つまり数理モデルを構築し,数値シミュレーションによりダイナミクスを取り出すという手法がしばしばとられる.多くの場合,これらのモデルを薬剤の効果・毒性評価や診断などへ応用することを目的としているため,より網羅的でより精密なモデルを構築することが求められる.詳細生理モデルの開発には研究者間でのモデルの再利用や共有が有効であり,そのような活動をシステマティックにサポートする枠組みが必要とされている.このための技術開発の重要性も世界中で広く認識されている.本稿では,近年我々のチームが開発を続けてきた生理機能の多階層モデリングをサポートするためのソフトウェアPhysioDesignerを用いたモデリング技法の一端を紹介する.
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