空気の振動である音は,内耳蝸牛に存在する音の感覚細胞である有毛細胞を振動させる.この時,有毛細胞の毛に存在するイオンチャネルが開口し,常時+80 mVを示す特殊な内リンパ液からイオンが流入する.この「内リンパ液高電位」は,有毛細胞の興奮に不可欠であり,蝸牛側壁の血管条が成立させる.Na
+,K
+,2Cl
-共輸送体(NKCC)やNa
+,K
+-ATPaseの阻害薬は,内リンパ液高電位を低下させることで,薬剤性難聴を惹起することが報告されているが,その電位低下のメカニズムは明らかにされていなかった.我々はこれまでに,血管条に発現するNKCCとNa
+,K
+-ATPaseが制御する内リンパ液高電位成立機構を電気生理学的手法により示し,さらに蝸牛内の多階層イオン輸送モデル「Nin-Hibino-Kurachi(NHK)model」の構築とコンピュータシミュレーションによって,阻害薬を経動脈的に投与した時に起こる内リンパ液高電位低下のメカニズムを説明した.血管条に隣接し,その一部と一体化しているらせん靭帯を構成する線維細胞にも,NKCCとNa
+,K
+-ATPaseが発現していることが知られているが,薬剤性難聴時のこれらの関与は不明である.近年我々は,らせん靭帯ではおもにNa
+,K
+-ATPaseが,K
+輸送とK
+濃度バランスに寄与すること,そしてNKCCはほとんど機能していないことを明らかにした.これらに基づいて,NHKモデルを改訂した.今後シミュレーションを行うことにより,輸送体阻害薬の経動脈投与の実験結果を正確に再現することが期待される.
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