硫化水素(H2S)は,シグナル分子としての機能が発見されて以来,生理活性物質として注目されている.その作用は,神経伝達調節,平滑筋弛緩,細胞保護,インスリン分泌調節など多岐に及ぶ.生体内でH2Sが産生されることは比較的古くから見出されており,ピリドキサールリン酸(PLP)依存性のシスタチオニンβ-シンターゼ(CBS)とシスタチオニンγ-リアーゼ(CSE)がl-システインからH2Sを産生する酵素として知られている.これまでCBSとCSEがH2S産生酵素として重視されていたが,筆者らは,脳内の産生酵素を探索して以来,3-メルカプトピルビン酸サルファートランスフェラーゼ(3MST)に注目している.3MSTの基質は,光学活性をもたない3-メルカプトピルビン酸(3MP)であり,l-システインとα-ケトグルタル酸からシステインアミノトランスフェラーゼ(CAT)によって供給される.CAT-3MSTは,生理的環境下では活性が低いとの理由から関心が払われていなかったが,意外なことに脳ではCBS以上に多くのH2Sを産生できる.その後,3MPがd-システインからd-アミノ酸オキシダーゼ(DAO)によって供給されることが新たにわかり,DAO-3MSTの特異なH2S産生能も明らかとなった.興味深いことに,3MSTはH2Sのみならずポリサルファイド(H2Sn)を産生できる.H2Snは,H2Sよりも強力なアストロサイト活性化作用を持つことから,神経伝達増強因子としての関心が高まっている.最近の検討では,過硫化システイン(CysSSH)や過硫化グルタチオン(GSSH)が3MSTによって産生されることも明らかとなった.CysSSHとGSSHは,その高い抗酸化活性から新規レドックス制御因子として注目される分子種である.これらの生体内硫黄化合物は,精神・神経疾患や血圧制御,がん増殖因子の制御等への関与が示唆されていることから,一連の産生機構の解明を通じて様々な疾患治療薬の開発につながることが期待される.