2020 年 155 巻 3 号 p. 175-178
生命の遺伝情報を担うゲノムDNAは外来内因の物理的化学的因子によって絶え間なく損傷を受けており,細胞はDNA損傷応答とその修復機構を発達させDNAの安定性を維持している.心臓の虚血性変化や圧過負荷に伴う心不全発症の増悪に心筋細胞のDNA損傷応答・修復機能の障害が指摘されている.がん治療によって引き起こされる心毒性は,がんの予後とは関係なく患者の心血管発症リスクを高めQOLに強い影響を与えるため,臨床的かつ社会的に問題となっているが,その発症メカニズムは不明な点が多い.筆者らはこれまでの検討から,抗がん薬による心毒性の発現においても心筋細胞のDNA損傷がその要因の一つであることを見出している.具体的には,抗がん薬投与マウスにおいて心筋細胞のDNA損傷応答反応が認められること,DNA損傷応答に一致してDNAメチル化と転写制御の変化,抗がん薬誘導細胞死にDNAメチル化修飾が関与することである.臨床知見として抗がん薬治療による血中BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)の一過性低下を報告しており,これを支持する実験データとして抗がん薬投与したマウス心筋においてDNAメチル化とBNP転写抑制の関連性も明らかにしている.心筋細胞のDNA損傷応答・修復機能に基づいた抗がん薬性心毒性の病態の理解や心不全発症機序の解明に関する新たな知見は,DNA修復シグナルを標的とした治療薬の開発につながるものと思われる.