2021 年 156 巻 5 号 p. 292-296
ヒスタミンは生体アミンの1つで脳内では神経伝達物質として働き,覚醒や食欲,認知機能などを調節する.これまでにヒスタミン受容体の作動薬や拮抗薬などを用いた薬理学的解析が多く行われ,ヒスタミンが記憶の固定化,想起を促進することがわかってきた.さらに近年,私たちはヒスタミンH3受容体(H3R)拮抗薬/逆作動薬によってヒスタミン神経系を活性化させると,忘れてしまった過去の長期記憶の想起が回復することをマウスおよびヒトで明らかにした.こうした記憶想起の回復には,神経興奮作用が関与すると考えられる.神経回路全体の興奮性上昇は,記憶想起にとってノイズを加えるような処置だが,ノイズの付加によって記憶想起が回復することは確立共鳴モデルを用いて説明できる.一方,記憶は固定化,想起だけでなく,維持,再固定化,消失,復元など,多様な過程によって処理されるが,ヒスタミンによる記憶・学習の調節作用に関する報告は固定化や想起に対するものに偏っている.記憶の過程を区別したさらなる研究の進展が期待される.ヒトのヒスタミン神経系では,いくつかの神経精神疾患においてヒスタミンシグナルの変化が報告されている.このような変化が神経精神疾患における認知機能障害に関与することが示唆されている.H3R拮抗薬/逆作動薬を含めたヒスタミンシグナルを調整する薬物は,アルツハイマー病などの認知機能障害の治療に有効ではないかと期待される.