日本薬理学雑誌
Online ISSN : 1347-8397
Print ISSN : 0015-5691
ISSN-L : 0015-5691
受賞講演総説
失われた記憶の想起を回復させるヒスタミンシグナル
野村 洋
著者情報
キーワード: ヒスタミン, 記憶, 学習, 認知症
ジャーナル フリー

2021 年 156 巻 5 号 p. 292-296

詳細
抄録

ヒスタミンは生体アミンの1つで脳内では神経伝達物質として働き,覚醒や食欲,認知機能などを調節する.これまでにヒスタミン受容体の作動薬や拮抗薬などを用いた薬理学的解析が多く行われ,ヒスタミンが記憶の固定化,想起を促進することがわかってきた.さらに近年,私たちはヒスタミンH3受容体(H3R)拮抗薬/逆作動薬によってヒスタミン神経系を活性化させると,忘れてしまった過去の長期記憶の想起が回復することをマウスおよびヒトで明らかにした.こうした記憶想起の回復には,神経興奮作用が関与すると考えられる.神経回路全体の興奮性上昇は,記憶想起にとってノイズを加えるような処置だが,ノイズの付加によって記憶想起が回復することは確立共鳴モデルを用いて説明できる.一方,記憶は固定化,想起だけでなく,維持,再固定化,消失,復元など,多様な過程によって処理されるが,ヒスタミンによる記憶・学習の調節作用に関する報告は固定化や想起に対するものに偏っている.記憶の過程を区別したさらなる研究の進展が期待される.ヒトのヒスタミン神経系では,いくつかの神経精神疾患においてヒスタミンシグナルの変化が報告されている.このような変化が神経精神疾患における認知機能障害に関与することが示唆されている.H3R拮抗薬/逆作動薬を含めたヒスタミンシグナルを調整する薬物は,アルツハイマー病などの認知機能障害の治療に有効ではないかと期待される.

著者関連情報
© 2021 公益社団法人 日本薬理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top