2021 年 156 巻 6 号 p. 351-354
心不全は小児の重要な死因の一つであり,特に新生児・乳児期に起こる心不全は重篤である.しかしながら,現在までエビデンスのある治療薬は開発されていない.筆者らは生理活性物質であるアンジオテンシンⅡ(AngII)が,新生児・乳児期の心筋細胞においてAngII 1型受容体(AT1R)とそれに共役するβアレスチン2経路を介して,興奮収縮連関の要であるL型Ca2+チャネルを活性化することを発見した.このことは,AT1R/βアレスチン2経路活性化が,新生児・乳児期の心臓において陽性変力作用を誘導することを示唆していた.そこで,AT1R/βアレスチン経路のバイアスアゴニスト(BBA)TRV027を用いて,新生児・乳児期の心臓におけるその作用を検証した.TRV027を新生児・乳児マウスに投与したところ,有意かつ持続的な強心作用を示した.一方で,TRV027は血中のアルドステロン濃度に影響を与えず,不整脈や頻脈,心筋の酸素消費量の増大,活性酸素種(ROS)の産生など強心薬で往々に見られる副作用を示さなかった.新生児・乳児マウスの単離心室筋細胞をTRV027で処理すると細胞内Ca2+トランジエントを倍増させ,また胎児から新生児期の形質を持つヒトiPS細胞由来幼若心筋細胞においても同様の効果が認められた.またヒト先天性拡張型心筋症(DCM)モデルマウスの新生児・乳児にTRV027を投与すると,その病的心の左室収縮力も有意に増強させた.さらに,このDCMモデルマウスは離乳前にほとんどが死亡するが,生後1日目からTRV027を継続投与したところ,生命予後が有意に改善された.また,TRV027は野生型マウスの新生児・乳児に対し明らかな副作用を示さなかった.以上から,BBAが新生児・乳児心不全にとって重要かつ理想的な治療薬となる可能性が示された.近い将来のBBAの臨床応用は,新生児・乳児心不全患者の治療に大きく貢献する可能性がある.